Phase.257 『作物』
「とりあえず、今はどうしようもないし……そうね、未玖ちゃん。そのザックを下ろしてくれる?」
「え、ザックを下ろしてって? も、もしかして……」
「ここに捕まえた兎を入れておきましょう」
鬼灯さんの、まさかのセリフ。
わたしは捕まえた兎に何度か謝ると、逃げてしまわないように自分のザックの中に入れた。そして再び背負う。
バスバスバスバス!!
「きゃああっ!!」
「ど、どうしたの未玖ちゃん!!」
「大丈夫ッスか⁉」
「ザ、ザックに入れた兎が、中で凄く暴れているみたい。もしかしたら、息苦しいのかもしれない」
また一旦ザックを下におろした。そして少しチャックを開けると、その合間から兎がヒョコっと顔をだした。スンスンと鼻を動かし、わたしと目が合う。
「べ、別に食べたりしないよ。ちょっとだけ、そこで辛抱して欲しいな」
すると兎は、言葉が通じたのか解らないけれど、また鼻をヒクヒクとさせるだけでおとなしくなった。わたしは、志乃さん達にもう大丈夫みたいと言った。
これでようやく、わたし達のお店がある草原エリアの方へと向かえる。
一夜にしてわたし達の拠点内が、ジャングルのようになってしまうという、異常事態が起きた。原因も特定できず、混乱の続く中、草原エリアにあるわたし達のお店や畑がどうなっているのか……
それを確かめに行かなければって思っていたのに、かなり道草を食ってしまった。だけど皆で兎を捕まえる出来事は、ちょっと楽しかった。
この子は、慣れるまで丸太小屋の中で飼おうかな。
外だと、この拠点内はかなり広いし、放してしまうと何処に行ったのか解らなくなっちゃう。それにこの兎位の大きさだと、拠点を囲っている有刺鉄線とかそういう場所はすり抜けてしまえる。
どちらにしても、ゆきひろさんが帰ってきたら、色々と相談してみよう。
「これは凄いっスねえ!! いい感じの草原だったのに、えらい事になっちゃっているッスよ。アメリカの映画とかで、こういう場所を見た事あるッス」
「そうね。でも草原は、失われた訳じゃない。この広さの作業ともなれば、かなり大変にはなるけれど、草を刈ればまたもとの草原に戻るわ」
草原エリアにつくと、先頭を歩いていたモンタさんと鬼灯さんが言った。モンタさんが言ったアメリカの映画って、トウモロコシ畑とか……そういうシーンかな。そういえば、ここにはトウモロコシを育てている畑もある。
志乃さんは、少し不安げな顔でわたしの方に振り向いた。
「どうしよう、未玖ちゃん。先に畑を見に行く? それともお店から見る?」
「そ、そうですね。それじゃ、畑の方が近い場所にありますから、そちらから見て行きたいです」
わたしの意見を聞いてくれた3人は、畑がある方へと行先を変える。背の高くなってしまった草々に視界を遮られている。でも方向的には、こっちでいいはず。
畑はスタートエリアで作っていた時と比べて、草原エリアに移してからはかなり広く作っている。だからこの方向に行けば、これだけ草が沢山生えて、見渡しが悪くても辿り着けるはず。
先頭には、またモンタさんと鬼灯さんが立った。そしてさっきまでと同じく私と志乃さんは、その後に続く。
ザックに入っているはずの兎が全く動かなくなったので、もしかして気づかないうちに逃げ出してしまったのかもと思って後ろを振り返ると、兎はあいかわらずザックの少し開けた合間から顔を出して、鼻をヒクヒクさせて変わらず大人しくしていた。フフ、可愛い……
「な、なんっスかこれ!!」
少し歩くと、わたし達が作った畑の位置までこれた。そして早速、トウモロコシ畑に近づく。
モンタさんはどういう訳か、そのトウモロコシを見て驚きの声をあげた。鬼灯さんも目の前の成長しすぎている植物に目をやって、同じく驚いている。
「これは凄いわ。見て、未玖ちゃん、志乃。このトウモロコシ、まだそれほど育ってなかったのに、こんなにも急成長している。しかもこっちのトウモロコシを見て。1本の幹には、10本以上の実がついているなんて」
「か、かなり急成長していますよね。しかも実も凄い大きいです」
「そうね。トウモロコシは本来、1本の幹にこれほど実をつけないわ。それにこれ見て、トウモロコシの先から出ているこの垂れ下がっている毛、髭と呼ばれる部分だけどとても長いわ。種は私達のもといた世界のものだけど、このトウモロコシはもう完全に異世界のトウモロコシね」
確かにこんなトウモロコシは見たことがない。たとえるなら、まるでボーリングのピン。
志乃さんが恐る恐るトウモロコシに近づいて、両手で触った。
「どうする、これ? トウモロコシなら食べられるはずだし、何本か取っていく?」
鬼灯さんとモンタさんも、わたしを見た。わたしは、この畑に携わっている。だけどここの畑にあるものは、皆のものだと思っている。
だけど他の人は、やっぱりわたしとゆきひろさんが最初に創めた畑だから、気を遣ってくれているみたい。
正直、やっぱりこの拠点にあるものは、皆のものだし、そうされても戸惑ってしまう……だけどなんだか、同時に嬉しくもあった。
「そ、それじゃ、とりあえずここにいる人数分、収穫してみましょうか。ここは拠点内ですし、もっと欲しくなったらいつでも収穫には来れますし」
頷く3人。
早速鬼灯さんが、人数分のトウモロコシを収穫すると、わたし達は続けて他の作物も見てみる事にした。




