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Phase.253 『皆、草に埋もれる』



 もとの世界、日本で暮らしていた時のわたしからすると、とても想像できないかけ離れたこの姿。一人で自分の姿を見て、思わず笑ってしまった。


 この『異世界(アストリア)』に来てからは、いい事ばかりが続いている。ううん、もともとの生活よりもマシだと思って、逃げ出すように『異世界(アストリア)』にはやってきたけれど……


 この世界には、魔物が徘徊していて、ウルフやゴブリンや、大きな蜥蜴とかに追い回されて恐怖を味わった。毎日、生き延びている事が奇跡だった。


 でもあの日、あの時はもう駄目だと思った。ゆきひろさん。あのゴブリンに見つかって逃げていた時に、偶然わたしを見つけて救ってくれたゆきひろさん。あの出会いから、わたしはずっと幸せを感じている。


 翔太さん、長野さん、孫一さん、海さん、美幸さん、他にも沢山。この世界は恐ろしい魔物が生息しているけど、同時に優しくて信頼できる人達であふれている。


 だからわたしも、わたしのできる事で頑張りたいと思った。


 よし!! っと気合を入れると、ザックを背負い丸太小屋を出る。目前には、大量の草が生い茂っている。


 わたしは、まず丸太小屋の裏に移動した。井戸がどうなっているか、それも確認しておきたかったから。


 井戸の周囲にも、草が沢山生えて伸びていた。草をかき分けて井戸の直ぐそばまで行くと、ロープのついた桶を井戸の中に落としてみる。


 ボシャンッ


 水の音――桶を引きあげると、いつもと同じ井戸水を汲み上げる事ができた。どうやら、大丈夫。川がどうなっているかは解らないけれど、これで飲み水には困らない。


 再び丸太小屋の前に移動すると、志乃さんがいるはずの小屋がある方向を向いて、鉈を抜いた。そして思い切り振りかぶって、目の前に広がる邪魔な草を刈る。強引に前に進んだ。


 草がこんなにも増えて、周りは一面草に溢れている。見通しも悪く、何かが拠点内に入り込んでいてもおかしくはないので、慎重に警戒して前へ進んだ。


 コボルトを退治しに外へ出たゆきひろさん達もきっと、視界を遮られてこんな感じなのかなって思った。だけど、拠点の外。バリケードなどに守られてないエリアを移動するのは、とても怖いだろうなとも思った。


 休みなく鉈を振っていると、流石に汗をかいた。腕も疲れてきたし、少し休憩しようかなと思った所で、志乃さんがいるはずの小屋が目の前に現れた。


 わたしも頑張ればできる。ゆきひろさんと会うまでは、逃げてばかりだったけど……今はこうして、邪魔する草を切り開いて前進する努力をするようにもなった。


 ゆきひろさんのおかげ……


 なんだかいつも、わたしの心の中にはゆきひろさんがいるんだなと思う。一人勝手に思っているだけなのに、急に恥ずかしくなった。ゆきひろさん、早く戻ってこないかな。


 コンコンッ


 小屋の扉をノックする。志乃さん、まだ中にいると思うけど……


 ッギイ……


 扉がゆっくりと少し開く。志乃さん。


「あ……未玖ちゃん」

「志乃さん! だ、大丈夫でしたか?」

「未玖ちゃーーん!!」

「きゃあああっ」


 志乃さんは、わたしの姿を確認すると、思い切り抱き着いてきた。ど、どうしたんだろう。


「志乃さん?」

「ごめんね、未玖ちゃん! 何か外から誰かの騒いでいる声が聞こえてきて……それで目を覚まして、外を覗いたら……ジャングルみたいになっていて」


 そこまで聞いて、志乃さんがなぜここまで怯えているか理解できた。


「怖いですよね。わたしも丸太小屋の方で、外を見てびっくりしちゃって……でも今、海さんや長野さんや成田さん達が、拠点内の安全を確認中だそうです。沢山増えて伸びた草も、このままにしておくと魔物が拠点内に入り込んでも気づけなかったりするからって言っていたので、それも皆で対処すると思います」

「そ、そうなんだ。それならとりあえず、安心なのかな」


 志乃さんはそう言って、わたしが腰に下げているナイフと、手に握っている鉈を見た。


「未玖ちゃん、もしかしてこれから何処か行くの?」

「ええ。とりあえず、お店が心配だから、ちょっと見に行こうかなと思って……」

「でもいくら拠点内でも、こんなにジャングルみたいになっちゃっているし、怖くないの?」

「わたしも怖いです。でも皆もそうだし、わたしだってお店とか畑とかどうなっているのか、気になるから……」


 志乃さんは、少し考えるそぶりを見せると小屋の中へ入るように私に言った。


「ちょっと中に入って、待っていてくれる? 私も一緒に行くから」

「志乃さんが一緒に来てくれるなら嬉しいです。でも、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。ちょっと怖いけど、この小屋の中で一人で震えているのも、それはそれで怖いし。誰かと一緒にいた方がいいかも。それに私も、お店とか気になるし」


 志乃さんはそう言った後、わたしに缶ジュースをくれた。そしてここは拠点内なのに、まるで外の世界へ出るかのような準備をし始めた。


「あの……」

「なに?」

「お店に行く前に、鬼灯さんの様子も一緒に見に行ってくれますか?」

「うん、心配だもんね。うららや景子はいいの?」

「うららさんは、そうですね。気になりますね。景子さんは、さっき海さんと長野さんと一緒に、わたしのいる丸太小屋にやってきたので大丈夫ですよ」

「それならよかった。でもうららは、何処にいるか解らないしね。住処を決めている訳でもなさそうだし」

「でも、拠点内にいるのは間違いないでしょうから、鬼灯さんの所やお店に向かう途中に会えるかも」

「え、ええ。そうね。はい、準備できたわ。行きましょうか」


 志乃さんと小屋を出ると、わたし達は草をかき分けて、同じスタートエリアにある鬼灯さんのいる小屋へと向かった。

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