Phase.252 『未玖の心配』(▼菅野未玖)
今日、朝起きると大変なことになっていた。
スタートエリアにある丸太小屋、そこで眠った朝に、小屋から出てみると一面が緑に覆われていた。
拠点の中、見渡せる場所――すべての植物という植物が急成長して、まるでジャングルのようになってしまっていた。
「未玖ちゃん!! 大丈夫!!」
「まだ丸太小屋にいたのね。良かったー」
「大丈夫か? 無事か?」
伸びきった沢山の草の茂みから、海さん、景子さん、長野さんが続けて姿を現した。
「皆さんも、大丈夫でしたか。で、でも……他の人達も大丈夫でしょうか?」
景子さんが唸った。
「確かに心配かもしれない。これだけ草がボーボーだと、辺りがどうなっているかも解らないし、前みたいにゴブリンとか魔物が侵入してきても、誰も気づけないかもしれない」
確かにその通りだと思う。どうしよう。
ゆきひろさんにどうすればいいのか聞きたいけれど、そのゆきひろさんは前回討伐し損ねたコボルトを討伐する為に、翔太さんや孫一さん達と一緒に拠点から外へ出ている。
そう言えば、お店はどうなっているのだろう。この様子だと、草原エリアも同じようなことになってしまっているんじゃ……不安になる。
長野さんは、普段は草原エリアにテントを張って、そこを住まいにしている。だからわたしは、長野さんに草原エリアがどうなっているのか聞いてみた。
「草原エリアも同じだよ。辺り一面に草が生えて、儂らの身長よりも育ってしまっていたわい。驚いたのは、拠点内に未玖ちゃんや椎名君が植えた、ログアップの木やレッドベリーなどの木も、太く大きく成長して沢山の実をつけていた。察するに、畑もえらい事になっているかもしれんのう」
「お、お店はどうだったでしょうか?」
「パブリックエリアの方のかな」
「はい」
「儂もそっちの方が気にはなったが、なんせこの通り、草が凄くてな。とてもそこまでは確認できなんだ。とりあえず、魔物が拠点に侵入してきていないか、成田君や松倉君達があっちへこっちへ走り回っておるわい。バリケードが破壊されていないか、有刺鉄線が切られていないか、見て回っとる。他の者もそうじゃ」
「それじゃ私、今から草原エリアに行って、お店がどうなっているか見てきます」
私の言葉を聞いて、海さんと景子さん、そして長野さんは驚いた顔をした。海さんが言った。
「今はこの異常事態に皆、対処中だし……ユキ君や秋山君とか主要メンバーは、コボルト討伐に出かけちゃっているからね。未玖ちゃんは丸太小屋でもう少し待機して、安全が確認できてから表に出た方がいいんじゃない?」
海さんの言っている事は正しい。だけど、なぜかじっとしていられない。
「いいえ、やっぱり気になります。拠点の中がこんなジャングルみたいになってしまって心配で……お店もそうですし、コケトリスもそうだし、畑もです。だからじっとしていられないです!」
海さんは困った顔をすると、長野さんと景子さんの顔を見た。すると景子さんが言った。
「私達もこれから、いろいろと見て回らないといけない場所があるから……そういえば、未玖ちゃんのお店って、海ちゃんや志乃ちゃんも手伝っているのよね」
頷く。すると、海さんが申し訳ない顔をして私の方を見た。
「今から一緒に行ってもいいんだけれど、他も見なきゃいけないから。特にもともと草木が豊富に生えている川エリアや森路エリアは、どうなっているか解らないし……まだ十分に開拓されていない南エリアなんてもっとカオスな事になっているかもしれないし」
確かにそう。川エリアにいる、最上さんと団頃坂さんも心配。
だけど……わたしは3人の顔を見つめて言った。
「それならこれから志乃さんのところに行って、合流して二人でお店の方へ行ってみます」
「どうしても行くのね。ちょっと待っててくれれば、私が一緒についていくけど」
「海さんは特に今、他の事で必要とされているはずです。とても奇妙なことがおきてはいますが、ここは『異世界』です。何が起こっても不思議ではないと思っていますし、覚悟はできています。そしてここは、拠点内でもあります。だから……」
「なるほど、拠点内だから外よりは安全って事ね。まあ鬼灯や和希君、十河君達とか、さっき名前をあげた人達以外の仲間達も、この拠点内のあちこちにはいるしね」
「はい、それにお客さんもいます。パブリックエリアに昨日から来てくれているお客さん達が、今どうしているかも心配ですし」
「それは誰か対応してくれているとは、思うけれど……でも一番そうしてくれていると思う長野さんは、今一緒にここにいる訳だしね」
頭をポリポリとかく長野さん。
「確かにそうじゃった。それじゃ、儂はこれからパブリックエリアの方へ様子を見に行ってくるよ。未玖ちゃんも志乃ちゃんと合流したら、こっちに来るのだろ? 先に儂が行って安全を確保しておけば問題ないじゃろ。ついでに草原エリアも見ながらに行こう」
「お願いします」
長野さんはそう決まると、片手を軽く上げて草原エリアの方へ歩いて行った。銃を携帯しているだけじゃない。長野さんには、わたし達よりも遥かにこの『異世界』での経験がある。ゆきひろさん以外にも、凄く頼れる人。
「確か、志乃もこのスタートエリアで過ごしていたわね」
「はい、この丸太小屋から直ぐです。今は草が生い茂っていて確認はできませんけれど」
「それじゃ、鬼灯の様子も見てきてくれる? ちょっと心配だから」
「はい、もちろんです」
「くれぐれも気を付けてね。あと、志乃のところに先に向かってね。それから二人で鬼灯のところへ行けば、より安心だから」
「はい、解りました」
長野さんに続いて、海さんと景子さんもそれぞれ向かうべき場所へ向かった。
わたしはもう一度、丸太小屋に入ると志乃さんのいる場所へ行くための準備をすることにした。
心配しなくても大丈夫。ここは、拠点内。わたしは、ゆきひろさんと出会うまでずっとその世界で一人生き延びてきたのだから。
そう繰り返し思った。




