Phase.25 『取っ組み合い』
ゴブリンは、俺目掛けて思いきり棍棒を振ってきた。狙いは、頭。完全に俺を殺す気だ!
「ゴブリンなんかに殺されてたまるかってんだよ!! このヤロー! このヤロー!」
ギャッギャーー!!
お手製の槍で応戦する。しかし、なかなか当たらない。それには、いくつか理由が考えられた。
まずは、俺の深層心理というか心の奥でゴブリンを殺すのをためらっている。
だって、そうだろ? 俺の作った槍の先端は、サバイバルナイフだ。こんなのでゴブリンを刺せば、確実に相手は死ぬ。俺はこれまで生きてきて人間は当然の事、動物だって手をかけた事はない。こういう時に屠畜業でもしていれば、もう少しまともな攻撃ができたかもしれないが……相手の命を奪うと思うと、躊躇いが生まれる。
そしてこの地形。森の中で足場が悪く、常に注意して動かないと躓いてしまいそうだ。逆に森を普段から走り回っていると思われるゴブリンの方は、動きが軽快だ。
だが、決断する時だ! ここで腹を決めて相手を殺るつもりでやらないと、逆に俺が殺られる。それにいつまでもここで、こいつと戯れてもいられない。1匹でもこれ程までに恐ろしいのに、更に仲間が来たらデッドエンドだ。
「こうなったら、もう決めた!! 人殺しでもサイコパスでもなんでもいい!! 俺は生きる為に、自衛の為に本気で殺すつもりでやってやる!! うわああああ!!」
力を込めて槍を正面に突き出した。身体の小さなゴブリンに命中すれば、きっと貫通する。そしたらそれで終わり。
しかし、違った。覚悟を決めて相手を殺すつもりで放った一撃は、本物だった。だけど、そうする為には勢いが必要だった。
思いきり力を振り絞る様に放った攻撃は、殺気がこもっていたとしても単調になる。簡単に言えば、「さあ行くぞ!」と言って力いっぱいに「やあ!」ってただただ前に槍を突き出しただけ。
逆に命のやり取りには慣れているゴブリンは、その俺の渾身の突きをスルっと前に出ながらもかわし、俺の方へ棍棒を振ってきた。慌てて槍でガードしようとしたが、その上から散々に殴りつけられる。槍を握っている手も棍棒で叩かれた。
「いったあああっ!!」
痛みで槍を地に落とした。ニタリと笑うゴブリン。休む暇もなく襲い掛かってくる。
「う、うわあああああ!!」
ギャハハハー!!
腰に吊っている剣に手をかける。いける、間に合う!! 剣を抜いてゴブリンの棍棒の一撃を受け止めた。しかし、ゴブリンはそれがどうしたとばかりに次々と攻撃を打ち込んでくる。
駄目だ!! 確かにゴブリンの棍棒よりもこの剣の方が殺傷能力も耐久性も、リーチも全てが上だ。しかし、金属でできている。重量もあって素早く振り回せない。
ギャッハーー!!
ゴブリンは軽く跳躍し、上から体重をかけて棍棒を打ちおろしてきた。もう俺の腕限界を迎えており、槍に続いて剣も地に落としてしまった。キヒヒヒっとゴブリンがいやらしく笑った瞬間に、俺は思いきりゴブリンにタックルをした。
もうだめだ!! 武器の戦いは、勝負にならない! 普段からデスクに抱き着いて朝から晩までデータ入力の仕事をしている俺と、森で他の魔物や獣と戦い狩りなどする毎日を送っているゴブリンとじゃ話にならなかった。
――だかな!!
だが俺はゲーマーだ!! こういう異世界に存在するゴブリンがどういったものか、ゲーム知識だけど知っている。ゴブリンは、凶悪で武器を振るい人間を襲う小鬼。しかし、背丈は人間の子供位の大きさで虚弱。ゲームやアニメなんかでも、最初に戦う雑魚モンスターなのだ。
武器を使わせず、取っ組み合いの勝負になればお前なんて怖くはない!! それに群れじゃなけりゃ何もできないだろが!!
ギャギャーー!!
ゴブリンを押し倒した所で、両手で首を絞めてやろうと思った。手を伸ばしたところで、ゴブリンに顔面にパンチを入れられる。いってーーー!!
「ぶふっ!! いって、なんだよこいつ!! ゴブリンって虚弱じゃないのかよ!!」
ギャーーー!!
俺も殴り返した。しかし、十何年ぶりに突き出す俺のパンチは、予想以上にゴブリンに当たらないし逆にそれ以上のパンチを打ち込まれる。
「くそくそくそーー!!」
こうなったら――顔面にパンチを喰らっても気にせず、そのまま上から覆いかぶさるようになって、ゴブリンの首を絞めた。すると、ゴブリンは必死になってその辺にあった石を鷲掴みにして、それで俺の腕を殴ってきた。
「がはっ!! このクソゴブリンが!! 腕が折れそうだ!! いい加減にしやがれええ!!」
ゴブリンに馬乗りになっている状態から一度上体を起こし、そこから素早く腰のベルトに装備しているサバイバルナイフを両手で抜いて、思いきりゴブリンの胸に突き刺した。
ゴブリンは抵抗して俺のナイフを止めようとしたが、俺は両手にそれぞれナイフを握っていたのでその1本しか止める事はできなかった。
俺は続けてゴブリンの胸に2回3回と連続でナイフを突き刺し、完全にとどめを刺した事を確認すると空を見上げて大声で吠えた。
暫くは――暫くはゴブリンにやられた腕の痛みや、何度も殴られた顔の痛みを忘れていた。




