Phase.247 『フワッとしたものの正体』
僕もカイも汗だくになっていた。息も乱れている。そんな僕達を目にした蟻群君は、励ましの声をあげた。
「頑張れって!! 根性見せろよ!! もうあとちょっとで、拠点だろがよ!」
「はあ…はあ……流石は蟻群君だね。ずっと小田君を背負っているのに……はあ……はあ……全く、しんどそうじゃないもんね」
「ぜえ、ぜえ、そうでござる。共にいるのが、蟻群氏で良かったでござる。こ、これ、小早川氏だったら完全に積んでいたでござるよー」
「た、確かに」
椎名さんも既にそう思っていて、このメンツにしたのだと思った。それに蟻群君が2人で大丈夫だと言ったけど、椎名さんは3人でと言って、ちゃんとこうなる事も見越していたんだ。流石、リーダーだ。
「おい、てめーら、もっと気合を入れろ!! 拠点まで、あともうちょっとで戻れるだろ? 戻れたらおもっきり、休めばいいじゃねーか」
「蟻群氏はそんな事を考えて、自分に気合を入れているのでござるな」
「なんだ、悪いかよ!」
「いや、ぜんぜん。拙者も、学ばせてもらうといいたかったのでござる。っと!! それじゃ、進でござるよ!!」
カイが覚悟をしたので、僕もそれに続いた。
目の前に広がって生えている草に向かって、模造刀を振り上げる。僕は、小田君を背負い続けている蟻群君を補助しながらもカイに続いた。
カイに限界がきたら、次は自分の番だ。そう思って僕も覚悟を決める。そんな事を思っていると、模造刀を振り回して前を行くカイの足元近くを何かが通った。さっき蟻群君が騒いで言っていた、フワっとした何か。
おそらく小動物だろう。カイにその小動物が足元にいるという事を、教えようとした。だけど次の瞬間、カイが倒れた。血。そしてカイは両手で足を抑えている。
「ぎゃあああ!! い、痛いでござるよおお!!」
「カイ!!」
僕は手に持っていた棍棒を強く握りしめると、カイに駆け寄った。そして彼が抑えている部分、足を見る。
「カイ!! 大丈夫か?」
「大丈夫か、そうでないかと問われれば、そうでないと言わせてもらうでござるよ!!」
「そこまで、口が回るなら大丈夫だろう。それで、足は?」
カイの右脹脛の辺りから、結構出血している。そして履いているズボンのその部分は、引き裂かれたように破れていた。何かに齧られた⁉
「カイ、これは!!」
「気を付けるでござる!! 近くに何かいて、それに脹脛を齧られたでござるよ!!」
小田君を背負ったまま、僕とカイの会話を聞いていた蟻群も、カイが何かに足を齧られたと聞いて周囲をキョロキョロと見回して慌て始めた。
「おい! きっと、さっきの俺の足をかすめていったフワとした何かだ! 逃げよう!! 急いで、拠点へ戻ろう!!」
「そうだね! その方がいい! カイ、歩ける?」
カイは近くに落としていた模造刀に手を伸ばすと、それを杖代わりにして立ち上がった。右足に体重がかかる度に、顔を歪めるが歩く事はできるみたいだ。
「なんとか歩く位ならできるでござる! それじゃ、急いで拠点へ戻るでござるよ!!」
「うん、そうしよう!! 今度は僕が前に出て、草を掻き分けるからカイと蟻群君は後からついてきて!」
棍棒を左手に持ち帰ると、腰に吊っていた鉈を抜いた。それで、目前の草を掻き分ける。
ザザザザザ……
やはり、周囲にいる!! 何かが僕達の周りで動き回っている!!
ザザザザザ……
しかも1匹じゃない!! 複数の気配を感じる!!
「大谷!!」
「うん、解っているから! 急ごう!!」
チュウ……
鉈で草を斬りはらうと、そこから大きな鼠が顔を出した。一瞬目が合う。普通の鼠と違って、3倍位の大きさがあり、その口には無数の鋭い、まるで鮫のような牙が生えていた。
「大谷……」
「良継殿……」
「うん、ちょっと待って……今、こいつと目が合っちゃって」
「そうじゃない、こっち見てくれ」
蟻群君とカイの方へ振り返る。すると二人の周りに無数の大鼠が徘徊していた。さっきの蟻群君が言ったフワっとしたもの、それはこの大鼠の事だ。
しかも動物じゃない。どう見ても、この殺気……魔物としか思えない。
チュウ……ガブリッ
「ぎゃあああっ!! いってえええ!! こいつ、喰いつきやがった!!」
いつの間にか蟻群君の肩に登っていた大鼠が、彼の首に噛り付いた。肉が引き裂かれて、血が飛ぶ。
痛みに蟻群は、身体を傾かせたが背負っている小田君を落下させなかった。アバラを骨折して、あまり動くことのできない小田君をこんな所で転がせたら、きっとこの大鼠たちの餌食になる。それを蟻群君も理解していた。
僕は棍棒を強く握ると、蟻群君の方へ思い切り振った。殴った手ごたえが、腕から肩まで伝わってくる。僕は、蟻群君の身体に取り付いた大鼠に棍棒を喰らわせて宙へ飛ばした。
チュウウウッ!!
やはり、この大鼠は魔物だ。1匹倒すと、そこらじゅうを徘徊する無数の大鼠は、僕達を威嚇し始めた。
僕はヤバいと思った。真っ青になって、叫ぶ。そして棍棒と鉈を大鼠たちに向けて振り回した。
「逃げろおお!! カイ、蟻群君!! 走って!! 拠点はもうすぐだから走ってえええ!! ここにいれば、僕達は皆この大鼠の餌になる!!」
二人も真っ青になった。目の前に広がる草が生い茂る場所に、小田君を背負う蟻群君が突っ込む。そしてその後に、カイが足を引きずりながらもついて行った。
そして僕は、殿に残って目の前にいる何十匹といる獰猛な大鼠を相手に武器を振り回して牽制していた。
ワラワラと次々に、襲い掛かってくる大鼠。腕に痛みを感じて、目をやると大鼠が喰らいついている。僕は痛みを我慢して、近くの木にその鼠ごと叩きつけて潰すと、回れ右して直ぐにカイ達の後に続いた。
走り始めると、怖くて後ろを振り向けなかった。だけど、何十匹もの大鼠に追いかけられている事は、背中にゾクゾクと感じる殺気で解った。




