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Phase.246 『密林前進』(▼大谷良継)



 本当は椎名さん達と一緒に行きたかった。


 毎日学校で、市原達に虐められて不登校になり、部屋に籠る日々を送っていた僕。そんな僕だったのに、今は椎名さんと共にコボルト討伐に行きたいと思っていた。


 コボルトに懸賞金がかかっているから? 違う。お金はいらない。そうじゃない。


 現実世界から目を背け、ずっとゲームにアニメにのめりこんできた。そして心の奥底で、そんなものはないのに……もしもファンタジー世界があるなら、ゲームの主人公のように本気を出せるのにな。そんな事を思っていた。


 本当は逃げていただけ。そんな異世界がある訳ないからと勝手な事をいって、自分で自分を慰めていたんだ。だけど異世界はあった。


 ここでもし、また適当な言い訳を作って逃げたら、僕はもう終わりだ。もう自分自身を救えなくなるし、自分の事を信じられなくなる。本当は、僕だって可能性を信じたいんだ。


 だから、椎名さん達と出会ってからは、本当の自分になろうと思った。それに僕は、異世界にずっとあこがれをもっていたんだ。たとえどんなに危険な世界だと解っていても、僕は逃げ出したりしないし、ここで生きていきたい。


 だって、剣と魔法、そして魔物。それは、あこがれ続けた大好きな世界なのだから。


「おい、こっちでいいんだよな!」


 小田君を背負っている蟻群君が言った。彼は今、グリーンスネークに負わされた怪我で自分では歩く事ができず、蟻群君に背負われている。


 鈴森さんが言っていた。小田君はグリーンスネークに巻き付かれて、そのまま締め上げられた時に、アバラを折られているかもしれないと。だから彼を負ぶっている蟻群君の両脇には、僕とカイがくっついて補助をしていた。


 急いで拠点まで運ばないと……何より、ここは拠点の外だ。こんな所でまた何か魔物に襲われたら、僕らはひとたまりもない。小田君は、全く戦うどころか走って逃げたりもできない。


「おそらく、こっちであっていると思うでござるよ」


 カイはそう言って、向かっている方向を指した。


 刹那、蟻群君は悲鳴を上げた。背負っている小田君をその場に落としそうになったので、僕とカイは慌てて小田君が落ちないように手を貸して支える。


「ひ、ひやあああああ!!」

「ど、どうしたの、蟻群君! そんな声を出して!!」

「そうでござるよ。ひやああってなんだか、今のは女子のようでござったよ!」

「う、うるせええ!! なんか、解んねーけど、何かフワっとした何かが、俺の足をかすめて通ったんだ!!」


 え? 


 蟻群君は負傷した小田君を背負っているので、あまり大きくは動けない。代わりに僕とカイがキョロキョロと辺りを見回してそのフワっとしたものを確かめる。


「ど、どうだ! 何かいるか?」


 首を横に振った。何もいないようには、思えるけど……


「本当に何か、いたのでござるか?」

「いた、いたんだ!! 確かに俺の足の近くを、何かが通った! フワッとした奴だよ。なんだかよく解らねーけど、兎に角フワっとした奴だった」


 フワッとした何かに、恐れを抱いている蟻群君。だけど、今は優先的な事がある。僕はそれを口に出した。


「と、兎に角、今は前に進もう」

「信じてねーってのか? 俺の話をよ!」

「ち、違うよ! 今はそのフワっとした何かよりも、優先的にやらなくちゃいけない事があるから」


 カイも察して頷いてくれた。


「左様でござるよ。今の優先事項は、小田氏を無事に拠点まで運んで、治療をしないといけないでござる」

「ううう……お、俺は大丈夫だ……」


 やはり激痛を感じているのか、ずっと虚ろだった小田君。その小田君が、大丈夫だと言った。でもそれは、ただ単に強がっているのだと、蟻群君を含めてここにいる全員がそのことを知っていた。


「解った! リーダーに、俺達は頼まれたからな。俺は椎名さんの仲間になって、あの人についていくと決めたから、あの人に頼まれた事はやり通さないといけねえ」

「それじゃあ、急ごう。拠点はあっちだ」

「おう!」

「承知したでござる!」


 どこもかしこも草木が生い茂っている。本当に、僕達がここに来た時よりも遥かに植物が成長している。それは断言できる。


 さっき椎名さん達とコボルト退治に向かってこのルートを歩いてきたはずだけど、この短時間でまた草が、急激に伸びて増えているみたいで、別の場所に感じる。


 その事に気づくと、どんどん不安になってきた。また同時に、あの僕らの拠点のありがたみに気づく。あのバリケードや有刺鉄線に囲まれたエリアが、僕らにとってどれだけ安全で心休める場所なのだろうかと。


 小田君を背負っている、蟻群君が言った。


「ぺっぺっぺ、ちくしょ、駄目だ!! 口に入った! 草が多くて、伸び放題だぞ! 顔にかかってくるし、これなんていうのか……カヤみたいな葉の草もあって顔とか首とか、触れた所が切れてピリピリする。拷問だぜ、どうにかしてくれ!」

「解ったでござる。サポートは、良継殿にお任せするでござるよ」

「え? う、うん」


 カイはそう言うと、愛用の模造刀を手に持って先頭に躍り出た。そして、模造刀を振り回して、僕達を邪魔する目前と周囲にある伸びきった草を片っ端から薙ぎ払った。


「拙者が道を作るでござるからして、後に続くでござるよ! ええい、やっ! たあああ!!」


 僕と同じく典型的なオタクだと思っていたけれど、とてもカイが頼りになると思った。だって、彼は期待を裏切らない。小太りな体型だけど、勇気があって頭もいい。


 そんな彼を見て微笑んでいると、カイは直ぐに汗だくになると息を切らして、へたりこんだ。そして僕の方を見つめて、交代でござると言った。

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