Phase.230 『久々豚骨ラーメン屋』
――――ランチタイム。
朝から翔太と山根の一触即発のやりとりを見て、肝を冷やしたけれど、とりあえず何事にもならならくて良かった。
俺はもう一度、問題を起こすなと翔太に釘をさした。すると翔太は、後頭部を摩って素直に「すんまそん」と言ったので、もう許してやる事にした。
昼休みになると、北上さんと大井さんが俺達のデスクの方へやってきた。その後を山根が追いかける。そして二人を呼び止める。
「ど、どうだね美幸君。海君。お昼、俺と一緒しないかな? 結構おいしいイタリアンの店があってね。二人共ご馳走してあげるから……どう? 一緒に行くだろ?」
「すいません、課長。私達、今日もちょっとお昼は用事があってーー」
「ええ? なんの用事かね?」
「なんの用事って……あっ、そうそう。ちょっと銀行にも行かないといけないので……」
「はっはっは。そんなの後で、仕事中にちょっと抜けて行ってくればいいよ。それより、俺とイタリアンしよう。ね、ご馳走してあげるから。さあ、行こう」
なかなか引かない山根。北上さんが困った顔をしていると、山根は強引に彼女の腕を掴んだ。
これは流石に……俺と翔太は、二人を助けようと思った。でも大井さんは、驚く行動にでた。北上さんの腕を掴んでいる山根の手を、強引に払ったのだ。
「すいません、課長。ランチはちょっと……私、美幸に相談があるんです。ですから……」
「相談事か? それなら俺が聞こう。なっ、だからイタリアン?」
「相談事は、同じ女性にしかしたくない事なんです」
「身体の悩みか? ん、もしかして身体の悩み的なやつか?」
山根のデリカシーの無い言葉に大井さんは、にっこりと笑って怒りを隠す。怖い……『異世界』だったら、きっと山根は今頃、大井さんのコンパウンドボウでその眉間を射貫かれて……
「兎に角、今日は駄目です。これ以上しつこくするなら、もう山根課長とお話をしませんから」
「ええーー、それは困るな。それに俺、上司だよ」
大井さんはプイっと向こうを向いたが、直ぐに振り返って……
「それならちゃんと、部下の話も聞いてください。女の子でなくても、誰しも人に聞かれたくない話ってあるんですよ」
っと頬を少し赤くして言った。山根はそれを見て、いやらしい顔をすると頷いた。
「そうか、そうか。解った。じゃあ、しょうがない。残念だが、今日は諦めよう」
よっしゃ!! 流石、大井さん!!
「それじゃまた明日、また誘う事にするよ」
なんでだよっ!! こいつ、いい加減あきらめろ!!
山根にムカついている反面、大井さんってこういう一面があるんだと、俺の中の大井さんの情報をアップデートした。大井さんは、活発な北上さんとは対極な感じがしていたから、大人しくて控え目な性格だって勝手に思っていた。だから、驚かされた。
「それじゃ、ユキくん達誘いに行こうか!」
「こら、美幸!」
「あっ。ご、ごめりんこ!」
折角、山根の誘いを断る事ができたのに、今の北上さんのセリフを聞かれていたら大変だ。俺達はいそいそと先に会社を抜け出して、外で皆と合流する。それから、翔太が指さしたラーメン屋に入店した。
「うわー、ラーメン! いいね! 私達、ここに入るの初めてだよね」
「うん、職場近くでラーメン屋は、初めてのパターンだね」
女の子二人に、ランチでラーメン。うーん、大丈夫かって思ったけれど、どうやら大丈夫そうだ。良かった。
「ここのラーメン屋、チョーーーうめーんだぜえ。よし、今日は美幸ちゃんと海ちゃんの分、俺がご馳走するからさ! 好きなの食べてよ! あっ、ユキーは自分で支払ってね」
「自分の分くらい、自分で払うよ! ってゆーか、それ山根のマネか!? あと、この店で好きな物って、ここはとんこつラーメン専門だろ!」
「いいの! ユキーはこまかーーい! それになんでもってゆーのは、自由にトッピングしていいからねって事に決まってんじゃん! まったく、ユキーは。でもユキーは、自分のトッピングは自分で払うんだぞ」
「こいつー、ナメてんのかーー」
翔太とのやり取りを見ていた北上さんと大井さんが、大笑いする。
でも、俺もラーメンは久しぶりな気がするな。カップラーメンとか、そういうインスタントラーメンは普段からちょいちょいと食べるけど、こういうちゃんとしたラーメンは久しぶりだ。
「おいしい!! このお店のラーメン、美味しいね」
「うん、私……これ食べたら替玉をお願いしちゃおうかな」
「海、本当に見かけによらず食べるよね」
美味しそうにラーメンを食べる二人。美女二人を、エロオヤジの眼差しで眺めている翔太。まあ、でもアレか。二人の分はこいつが出すんだし、これ位はいいか。
「ユキー、やっぱラーメンいいよな。美味いよな」
「ああ、いいな。でも俺、『異世界』で食べるラーメンもうまいよなって思ったよ。カップラーメンだから、こういう専門店で食べるラーメンに比べたらアレなんだけどな。でも、あの緑が広がる世界で焚火を囲んで食べるラーメンも最高だよな」
「だよなー。ユキー、俺思ったんだけどよ、『異世界』……俺達の拠点でも、こういう本格的なラーメンが食えるようになればいいよな」
「それはそうだけど……でも専門的な知識がいるだろ? こういう本格的なラーメンってさ」
「そうかあ。でもそれなら、こういうラーメン作れる仲間を、俺達のクランに迎え入れるっていう手もあるよな」
「まあ、それはそうだけど……結構めちゃくちゃだな」
「でもさあ。こういうコテコテのラーメンってたまに食いたくなるじゃん! ニンニクをテンコモリ入れて、気合の入ったやつをさー。それを未玖ちゃんや、小貫さん達にも、いつでも食べさせてやりたいよな。俺達は食べたくなったら、こっちに戻ってくりゃーいいけどよ」
確かにそうだ。こいつは、たまに核を突くからなー。
異世界ラーメン屋か……ちょっとそれも、前向きに検討してみよう。




