Phase.227 『落下 その3』
まだ鉈を握る手が震えている。
僕はこの鉈で、魔物を1匹仕留めた。つまり魔物とはいえ、生き物を殺したのだ。
カイと和希を助ける為、自分達の身を守る為……だったとは言え、そういう暴力的な事に慣れていない僕は、今も手が震えていて内心も穏やかではなかった。
だけど……だけど、今はあの頃とは違う。僕には仲間がいるし、仲間の顔を見ると直ぐに立ち直れる。力をもらえる。だから物凄く臆病な僕が、こんな蛇かワームか解らない恐ろしい魔物にも向かって行く事ができたのだ。
「カイ、和希、大丈夫?」
「拙者は大丈夫でござる。でも和希氏が……」
和希の左腕から、血が滴っていた。近づいてもっとよく見てみると、肉が少し抉られている。穴を落下する時にいくつも見た、飛び出た石の先端に引っ掛けてしまったのだろう。
僕ははっと思いついて、ポケットからハンカチを取り出すと、それを包帯代わりにして和希の腕に巻き付けた。
「いたたたた……ありがとう、大谷先輩。それに有明先輩」
「これで、大丈夫?」
「うん、平気。これなら力も入れられるしロープも握れそう」
「もし駄目なら、助けを呼ぶよ。今、穴の外には小早川君が待機していくれているし。それじゃ、穴の外に出ようか」
カイも和希も頷く。でも和希は、さっき仕留めた蛇かワームのような魔物に近づいて調べた。
「ど、どうしたでござるか? 和希氏」
「これは興味深いよ。この魔物、ここから持って出れないかな?」
!!!!
僕もそうだけど、明らかに嫌な顔をする僕とカイ。
「ええ!! こ、このワームを穴の外まで運ぶの!?」
頷く和希。
「そう、この魔物を是非もっと調べてみたい。それにこれ、ワームって言っていたけど、僕達の知るファンタジー系のワームじゃないよ」
「どういう事でござるか、それは」
「これは、うん、間違いない。センチュウだよ」
『セ、センチュウ!?』
「そう、線虫と書いてセンチュウ。木の根や作物などに取り付いて、徐々に食べていく寄生虫。解りやすく言うと、一時期テレビなんかで話題になった、生魚などを食べて食中毒を起こすもとになったアニサキス。あれの仲間かな」
アニサキスなら知っている。一時期、某居酒屋の海鮮メニューを注文したらその皿に大きいのが乗って動いていて、それを見つけた客が動画サイトにのせて大変な騒ぎになった。その事件から、日本人なら誰でもその姿を知っている位の知名度になった。
確かに言われてみれば、この魔物はアニサキスにそっくりな気がする。その仲間だと言えば、納得できるものがある。だけど……アニサキスと言えばイトミミズ位のサイズだったような気もするけど、これは1メートルはある大物。和希が続けた。
「アニサキスは水中生物に寄生するけど、通常のセンチュウは、普通に土の中にいる虫なんだ。これはそのセンチュウの魔物だよ。これを椎名さんの所まで持って行って、【鑑定】で調べてもらえば名称も解るしね。きっと大センチュウとかそんな名前だとは思うけど」
今も話している途中、和希の腕からは血が滲みだしていた。相当痛いはずなのに、こういう好きな事の話になると夢中になっている。でも今は、とりあえず……
「解ったよ、解った。とりあえずじゃあこのセンチュウも持っていこう。そしてここから外へ出よう。もしかしたら、他にもこいつがいるかもしれないし、話をするにしても外へ出てからがいいよ」
「そうでござるな。一応、ここは拠点内でござるし、拠点内にこんな危険な魔物がいると解った以上、一応リーダーにも報告しておかねばならんでござるからな」
3人頷く。
和希は、センチュウを何度か突いて完全に息絶えている事を確認すると、それを肩に背負った。それを見て僕とカイは、とても驚いた。あんな気持ちの悪い生き物をよく肩にのせる事ができると。でもこの穴から外へ持ちだす為には、必要な事だ。
ロープまで行くと、まず最初に和希に穴を登らせた。そこでカイが言った。
「そう言えば、ここ……地底でござるのに……」
「え? そういえば……」
穴の底。本来なら、真っ暗で懐中電灯でもないと辺りを見渡せないはず。なのに、薄暗いながらもこの空洞の中は見渡す事ができた。
観察すると、所々壁が光っている。おそらく、壁の中に光を放つ石があってそれが辺りを照らし出しているのだと思った。
「おそらくこれは、壁の中に含まれている光る石でござるな」
「凄いね。トロルとか青銅製の生きた鳥もそうだけど、光る石に大きなセンチュウ」
「そうでござる。まさにファンタジーの世界でござるよ。拙者、この異世界をもっと冒険して色々見て回りたいでござる」
「僕も一緒だよ、カイ」
「おおーーーい!! 何をしているううう!! さっさとあがってこい!! ……ってうわああああ、化物があがってくるうううう!!」
小早川の声。化物というのは、和希が肩に担いだセンチュウの事。どうやら、無事に上の方まであがる事ができたようだ。
「僕達もさっさとあがろう。またセンチュウが出てきて襲われても怖いし」
「そうでござるね! 急いで上にあがるでござるよ!」
こうして僕達は、なんとか穴の外に這い出す事ができた。
上でじっと待機していてくれた小早川が、和希の持って上がった巨大なセンチュウを見て腰を抜かしたのは言うまでもない。




