Phase.222 『うららさん その1』
川エリアには、最上さんと団頃坂さんがいた。この拠点では、用心の為、各エリアに誰か一人はいるみたいになっている。だから、川エリアを普段拠点にしている翔太さんと鈴森さんが不在の今、団頃坂さん達が代わりにいてくれているのだと思った。
でも最上さんに至っては、翔太さん達と同じく川エリアを拠点にしているみたいだから、ここには普段からいる。
「やあ大谷君、それにうららちゃん」
最上さんの声に、団頃坂さんもこちらに気づく。
「おはようございます、最上さん、団頃坂さん」
「うららだよー。二人共なにしてんのさー」
本当にうららさんは、誰でも気さくに話しかける。最上さんも団頃坂さんも、うららさんからすればかなり年上だろうに。僕と同じくらいかな。だけどそれが、逆に彼女の魅力なのかもしれない。
「ぼかあ、留守番兼、趣味にいそしんでいるって所かなー」
留守番とは翔太さんや鈴森さん不在の間のって事で、趣味にいそしむというのは……最上さんが手に持っている釣竿が目に入る。
「釣りですか」
「これからね。小早川君だけど、またこの川で鰻を釣り上げたでしょ。あの鰻、とても美味しそうだったよ。だからぼくも小早川君に負けずに、なんだったらそれ以上の鰻を釣り上げたいと思ってね。それで今日は早朝から張り切って起きて、今はその準備。釣りの仕掛けを作っている所。ぼかあ【喪失者】だから、もとの世界へは戻れない。だから竿も仕掛けも手作りするつもりだったんだけどね、椎名君や秋山君。それに北上ちゃんに大井ちゃんが、ぼくの釣り趣味の為に買ってきてくれたんだ」
「そうなんですか、皆優しい人達ですね」
頷く最上さん。その隣で話を聞いていた、団頃坂さんも同じく頷いていた。
「団頃坂さんは?」
「拙僧?」
お坊さんのような喋り方。っていうか、団頃坂さんはこの世界へ来る前はなんでも僧侶だったとか。
僧侶と言えば回復役というかRPGっぽいけど、元の世界では何処かのお寺にいたのだろうか。今も、お坊さんが着ているような服装をしている。袈裟ではないけど、なんていったっけ……そう作務衣。それを身に着けていて、頭髪は坊主ではなく少し髪が伸びているけど、それでも陶芸家よりはお坊さんに見えた。
「せっそうだって。アハハハハ、まったくダンゴちゃんはおもろいよねー」
「ダ、ダンゴちゃんはやめなさい」
「はーい、ダンゴちゃん」
目を閉じて、瞑想を始める団頃坂さん。うららさんのこのうらら節に対して、冷静さを保とうとしているのだろうか。
「そ、それで団頃坂さんは、何をしているんですか?」
「焚火だ。火を熾し、少し早い朝餉の準備をしておる」
なんとなく……なんとなくだけど、すこーし喋り方というかそういうのが、小早川よりかなって思ってしまった。だけど、こちらは本職。小早川のは単なる中二病。最上さんが言った。
「それで大谷君達は? 何もなければ一緒に朝ご飯にする? 釣りも一緒にしていいし」
「ありがとうございます。折角ですが、小早川君と有明君が待っていますので」
そう言って、鍋に入った米を見せた。
「でも釣りは僕も興味があるので、また教えてください」
「いいよー。ここの川、魚以外にもエビとか蟹とか色々いるみたいだからね。あっ、そう言えば南エリア。新しく拠点を広げてできたエリア。南エリアに、池があったな。有刺鉄線で囲んで領地にはしているけど、まだよく調べていないエリアだからな。うーん、あの池にもきっと、なんかいるしそのうちそこでも釣りをしてみようか」
「はい、お願いします」
最上さんと団頃坂さんに軽く会釈すると、水のせせらぎが鳴りやまない方へと歩を進めた。そして水辺にくると早速鍋に川の水を入れて、米を洗った。
「いいねー、いいねー」
「え? え?」
まだつきまとってくる、うららさん。でもこの人も僕達の仲間。今まで一人だったし、小早川達と知り合うまで特に友人もいなかった。それに市原達に虐められる日々を過ごしていた僕にとっては、こういう仲間ができた事でなんとなくこそばゆいというか、なんというか変な気持ちになった。でも嫌ではないんだ。
米を洗い終わり、川エリアを後にする。そして小早川とカイが待っている森路エリアへと移動する。スタートエリアを抜けて再び、森に入った所で我慢できなくなって聞いた。
「あのー、うららさん」
「なーーに」
「あのー、何処までついてくるんですか?」
「え? だって一緒にご飯食べるでしょ?」
「え?」
「え?」
…………
「え、もしかしてヤダ?」
「いや、ヤダって訳じゃないですけど……」
「それじゃ、なによー」
「男三人での朝ご飯だから、そこにうららさん……嫌じゃないかなって思って。皆、オタクだし……」
「そんなの良いよ別に。それにオタクだとなんか駄目なの? うちのリーダー、オタクだって自分で言ってたよ。それに美幸も海も会社員だけど、実は隠れオタクだっていってたしー。別にオタクって隠さなくてもいいじゃんね、悪い事している訳でもないしねー。それ言ったら、うららだってオタクだよ。ギターオタク」
そう言えばうららさん、ギターを持っていた。アコースティックギター。それで弾き語りをしていた。僕は素人だからよくは解らないけど、ギターはとても上手で歌もとても上手かった。もしかしてうららさんは、音楽をやっていた人。ミュージシャン。
だとしたら、さっきの団頃坂さんの事じゃないけど、この異世界ではクラスはさながら吟遊詩人って所だろーか。女吟遊詩人ってなんとなくかっこいい。
「そ、それじゃ一緒に朝ご飯にしましょう」
「わーーい、やったーー!! 鰻、楽しみだね」
うららさんは、そう言って無邪気に笑った。




