Phase.221 『白飯』(▼大谷良継)
椎名さんや翔太さん達が、早朝から集まってコボルト討伐に出かけてしまった。霧は晴れてきたから良かったけど……このまま濃霧が酷くても出発していたのかなと考える。
でも、僕も行きたかった。トロルに遭遇した時は、生きた心地がしなかったし、恐怖で胃の中のものを全て吐いてしまいそうになった。だけど……だけど、椎名さん達となら、コボルトとだって戦える。こんな僕でも小早川とカイと三身一体になれば、コボルトの1匹位は仕留められると思った。
だけど、一緒には行かなかった。理由は明白。市原達が椎名さんについていったから。不良達が全員それについて行ってしまったので、いじめられっ子の僕らは一緒に行動させない方がいいと椎名さん達は判断したのだろう。
本当に椎名さん達は、優しい人達だ。椎名さん達のいるこのクランなら、僕らは上手くやっていけそうな気がする。なにより、椎名さん達に助けられて連れてこられたこの拠点にやってきてからは、もうワクワクが止まらない。
異世界に自分達のこんな拠点を作ってしまうなんて……椎名さん達の発想は、素晴らしくて……命を賭けても、この異世界ライフを手放せないと思った。
「大谷氏、有明氏!! 今戻ったぞ!!」
「おおーー、戻られたでござるかー。ささ、こちらへ」
「ありがとう、小早川君」
今、僕と小早川とカイは3人で自分達の住処で色々とこれからこの『異世界』でやっていく為の拠点を作り上げていた。
いや、拠点と言っても、勝手に僕らがそう言っているだけで、ここは椎名さん達の拠点の中にある森路エリアと言われる場所。
草原エリアと、丸太小屋や井戸のあるスタートエリアの丁度、間にあるエリア。ちゃんと、許可をもらってそこに、僕達三人の住処を作る事にした。
作るといっても、いきなりスタートエリアや草原エリアにある小屋とかは作れないので、椎名さん達に頂いたテントを張った。ちゃんと、三人分のテントがそれぞれある。そして焚火場所を造り、その前で僕とカイは小早川がまた釣り上げた鰻を焼いていた。
因みに小早川は、三条さんの所に行って鰻に味付けするタレを作るために、色々と調味料をもらってきてくれたのだ。
小早川は、今いい感じに焼きあがってきている鰻を目前にして、鼻をくんくんと動かすと何とも言えない顔をした。
「なんとも香しい。このにおいだけでも、白飯を何杯もいけそうだ」
小早川の言葉で、思い出して叫ぶ。
「ああああ!! 白飯!!」
森路エリアは、呼んで字の如く森の中にある場所だった。だから周囲は動植物に囲まれている。僕の出した大声は周囲に鳴り響いて、直ぐ近くの木にとまっていた鳥たちが驚いて逃げてしまった。
「どうしよよう。鰻を食べるなら、お米と一緒に食べたい。だけど完全に忘れていた」
「確かにそうでござるな。まいったでござる。これから拙者が、三条さ……志乃殿のもとへ行ってもらってくるでござるよ」
「ふっふっふ」
「ど、どうしたんでござる? 小早川氏!!」
小早川は、いきなり笑いだすと調味料の他に大きな袋を目の前にドサっと置いた。
「こ、これはなに?」
「米だ!! そう思って、既に米をもらってきたのだ!!」
『ええええ!!』
これは流石としか言えなかった。鰻を食べるのに、白飯はかかせない。なのに僕もカイもすっかりとその事を忘れていたから。だけど小早川は、問題があるとも言った。
「だがこれは米のままだ。炊かないと食べられない訳だ」
「えええ!! で、でももうちょっとで鰻、焼きあがるけど」
…………
「急いで、炊くのでござるよ!! でも水も汲んでこないといけないでござる!!」
「じゃ、じゃあ僕が汲んでくるから、カイと小早川君は準備して。調味料でタレも作って」
「あい解った! 我に任せよ、見事最高究極の鰻のタレを我が作りあげん!!」
空を仰いで、そんなセリフを吐く小早川を僕は無視して、空のペットボトルをザックに詰め込むと鍋に米を食べる分入れて、水汲みと米を洗いに出た。
そんな僕に二人は、よろしくと手を振る。そしてリッチな朝ご飯の為に、いそいそと作業を再開していた。
とりあえず、水。それに米を洗おう。そうなると、スタートエリアの丸太小屋裏にある井戸か、川エリアの川へ行くか。どっちがいいかな。
森の中だというのにこの安心感。拠点の内側にいるから、そう思えるんだけれど……
「ねえ、キミ―!」
「ひ、ひいい!!」
思わず米の入った鍋を落としてしまう所だった。振り返ると、そこには可愛い女の子が立っていた。
「えーーっと、大谷君だっけ?」
「え? あ、はい。大谷良継です」
「へえー、じゃあヨッシーね」
「よ、ヨッシーですか」
「うん、ヨッシーね。よろしく、ヨッシー!」
「は、はあ。確か、うららさんですよね」
宇羅うららさん。ここのクランのメンバーで……ってもう僕もこのクランのメンバーなんだけど……確か彼女は、【喪失者】だったはず。スマホを紛失していて、もとの世界へは帰る事ができない女の子。他にも何人かそういった人がいたはずだけど。
「それでヨッシー、こんな所でなにしてんのー? まだこんな早い時間なのにーー」
「それを言うなら、うららさんもじゃないですか。僕は、これです」
そう言って手に持っている米の入った鍋と、いくつものペットボトルの入ったザックを向けて見せた。
「へえーー。じゃあ、これから川にお米洗いに行くんだ」
「川? ええ、そうです。うららさんは?」
「え、うらら? うららは、昨日は早めにバタンキューなっちゃってさ。そしたら、こんな早くに目が覚めた訳。エへへへ。そんな訳で、お散歩してたんだけど、暇だからこれからヨッシーについていってあげるねー」
「ええええ!! ついてくるって、そんなあ」
「ええ? いいじゃん、うらら達、同じクランで仲間なんだからさーー」
うららさんはそう言って、あまえるように僕の腕を掴んできた。それに驚いて僕はまた、米の入った鍋を地面に落っことしてしまいそうになった。
でもうららさんの言葉で、水は川に行って調達する事に決めた。




