Phase.219 『死が身近な世界』
グルウウウ!!
コボルト共と斬り合いになった。自分でも驚くほどの近距離戦。
『異世界』に来た時点の俺なら、良くて逃げ出す事ができる位だっただろう。剣を構えて、この数のコボルトと戦闘をするなんて、あの頃の俺からすれば想像もできない事だった。
だけど戦っている。コボルトが振ってくる剣を避けて、こちらも隙を見つけて剣を振ったり突いたりする。
隣には、堅吾が並んでいて、一緒に剣を振っていた。所々で空手仕込みの蹴りをおみましていて、それがなかなかコボルトに対して効果的だった。
モンタ達、ヤンキー軍団も頑張って奮闘している。市原達3人は……相変わらず向こうで呆然としている。
モンタを含めて6人が、俺に付き従ってくれた。その中でも、勢いのある奴がいた。
堅吾の横に並んで、金属バットをブンブン振り回してコボルトを圧倒している。そう思っていると、また1匹仕留めた。迫ってくるコボルトに、全く気おされる事もなく突っ込んで言って、その頭部に金属バットを命中させる。
だけど一人で突出するのは危険だ。単独で前に出る度に、堅吾に服を後ろに引っ張られている。
なるほど。堅吾って、なかなか面倒見がいいみただな。空手道場でもこんな感じなのだろうかと、勝手に想像しながらも戦っていると、俺の振った剣が目の前のコボルトの胸に命中した。
グオオオオ!!
「うらあああ!!」
すかさず剣がささったコボルトを蹴り飛ばす。すると目の前に、あの他の奴とは違うコボルトが現れた。手には、斧。とてもコンパクトな斧……手斧か。それをクルクルと器用に振り回し、振ってきた。
「あ、危ない!!」
咄嗟に後退するも、そのコボルトは手斧を振り回しながら追いかけてきた。それに気づいた堅吾の隣にいる、勢いのあるヤンキー。彼が目の前にいる、手斧を持ったコボルトに金属バットを打ち込んだ。
「こらあああ!! これでも喰らえやああ!!」
コボルトはどうにかしようとしたけれど、ヤンキーはもう止まらない。めちゃくちゃだけど、やたらめったら連続で金属バットをコボルトに打ち込んだ。
そのうちの何発かはコボルトにヒット。そこから火が付いたように顔面を捉え、脇腹を捉え、そして頭を捉えた。コボルトは横に吹っ飛んで動かなくなった。
「はっはっーー!! どうだ、これが俺の実力だ!! 化物共め、ざまーみろ!!」
周囲を見ると、無数のコボルトの死体が転がっていた。向こうに1匹逃げて行こうとしたが、それを大井さんがコンパウントボウで撃ち抜いた。
向こうを見ると、まだ戦ってはいるけれど戦っているのはトモマサだけ。大方もう片付いている。俺は振り返ると、奮闘したヤンキーに声をかけた。
「やるじゃないか、お前」
じろりと俺を見るヤンキー。だけど直ぐに目線をそらした。これが市原だったら、喧嘩売ってんのかって態度を見せてくる。だけどこれは……ようわからん。でも堅吾の次の言葉で、なるほどなと思った。
「ハハハ、きっとこいつテレてんスよ。幸廣さんに褒められたもんだから」
「え? 俺に?」
「そッスよ。だって、幸廣さん、このクランのリーダーでしょ。それはこいつらももう理解してんスから」
そうなんだ……
「おい、お前……名前は?」
「十河十一だ」
「十河十一。十河君っていうんだな。君はなかなか見どころがありそうだな」
「気持ち悪いから、呼び捨てでいいよ」
「じゃあ、親しみを込めてトイチって呼ぶよ。いいよな」
頷くトイチ。
「今襲ってきていたコボルトは、全部やっつけたがその中に懸賞金がいる奴がいた。懸賞金のかかっているターゲットは全部で4匹。それを確認しなければならない……だけどそれは、俺達に任せろ」
何か言いたげなトイチに、続けて言った。
「仲間が死んだんだ。まずは、死んだ仲間を弔ってやれ。そしてあそこにいる、お前らのリーダーに声をかけてこい。あいつら、あそこでじっとしているが、ここは危険な場所なんだ」
「おい、椎名さん! 一つ言っておくが、あいつはリーダーじゃないし、仲間でもない。市原なんてクズ野郎だよ。こういう時に、本物の自分がでるんだ。あいつ、まったく何もしてねーし、できなかったじゃねーか」
「おい、そんな事言うな」
「他の死んだ野郎も、俺は親しくもないし知らねー奴らだ。まあ、名前くらいは知ってっけどな。俺は暴れられるっていうのと、メチャクチャできるって聞いて、面白そうだからついてきたんだ」
こいつも、かなりのヤンチャボーイだったか。言葉だけ聞けば、恐ろしい事を言っているかもしれないが、こいつらはまだ未成年だ。話半分で聞いて、多少は受け流す程度位が丁度いいのかもしれない。
「因みに、俺もクズ野郎か?」
「い、いや!! それはない! 少なくとも俺はちゃんと理解した。あんた……椎名さんは、勇気も根性もあって頭も回る人だ!! あんたには、敬意を払う」
勇気と根性、それは買いかぶりだと思った。本当は人一倍、臆病で心配性。でも根っからのオタクだから、この『異世界』に魅力を感じて離れられない。それだけだ。
俺は目の前にいる6人のヤンキー。特にトイチとモンタに、視線を向けて言った。
「とりあえずでも、一緒に戦ったなら仲間は仲間だろ。俺はこの世界で人が死んだとしても、それ程驚かなくなってきている。実際、人の死を経験したし、ここが危険な世界なのだと理解したから。だけどな、今ここでお前らの仲間がコボルトに襲われて、人が死んだのは確かだ。お前らも、それをちゃんと受け入れてくれ」
そう言った所で、翔太達がこっちに駆けてきた。ちょっと興奮している所を見ると、懸賞金のかかっていた奴を仕留めたっぽいな。
ふむ。すると、こちらでもトイチがやった奴、それを含めれば最低でも4匹中2匹は仕留めた事になる。
これで10万円稼いだって訳か……もし今確認できていない市原軍団の何人かが生き残っていたとしても、現在確認できているのは、市原達を含めて9人だ。
そう考えると、生意気な不良と言えど10人も亡くなった事になる。
魔物の徘徊するこの世界では、死は身近な存在だ。ここは、何が起きてもおかしくない世界なんだ。心配や不安がつきまとう。
だけど皆のリーダーである俺は、誰かの死に対してあまり深く考えてはいけないのかもしれない。悲しむよりも、そうならないように考えを捻り出さないと。
でも、そうは思っても……
何かを察した大井さんが、俺の腕に触れた。




