Phase.216 『勝手な行動』
丘を越えて、少し歩いた先にある森。そこを歩いて行くと、何やら遺跡のような場所を見つけた。
建造物などかなり劣化していて、それが家なのか彫刻物なのかも判別がつきにくい。そして周囲は、草木が生い茂っている。かなり昔に、ここに何かあったのだろうという跡だけがそこに残っていた。
スマホでコボルトの生息位置を確認すると、直ぐ近く。この森の中、遺跡のような場所の何処かにコボルトがいるのだと解った。
「おい、ユキー」
「ああ、そうだ。油断するなよ。この場所に、コボルトがいる」
翔太にそう言うと、市原が前に出ようとしたので腕を掴んで止めた。
「なんだよっ! 気安くいきなり、腕を引っ張ってんじゃねーよ!」
「そんないちいち、何でもかんでも突っかかってくるなよ。それより、前に出るな。スマホでコボルトの位置確認をしたら、この遺跡のような場所に潜んでいるのは間違いないと解った」
「へえ、そうなのか……なるほど。そのコボルトって怪物は、直ぐ近くにいるのか。そいつを殺せばいいんだな」
「そうだ。でも気をつけろ」
「そいつらは、たった4匹なんだろ? こっちは俺達だけでも19人だ。あんたらを合わせりゃ26人。圧勝だろ? まさか、そのコボルトっていうのは、巨人じゃないよな。それなら俺達に勝ち目はねえけどな」
「いや、子供位の背丈か、それ以上。俺達より大きいって事はないはずだ。更についでに言うと、コボルトっていうのは、犬の魔物だ。それでいて人型で、人間のように武器や防具を装備している」
「なんだそりゃ。犬だと!?」
「ああ、しかも大抵は複数でいる。見た限り、ここはきっとコボルト達の住処かなんかだろう。そう考えると、とても4匹って数ではないと思うぞ」
市原は舌打ちをすると、仲間に何か合図を送った。すると市原の仲間達は、武器をしっかりと握ると身を低くして少し前に出た。
「お、おい! どうするつもりだ、市原!」
「そのコボルトってのをやっちまうんだろ? それなら俺達がやってやるよ。ああ、得意分野だからな」
「お、おい、危険だぞ。迂闊な行動をするな」
「解っているよ! 俺達が勝手にやるんだから、それでいいだろ?」
「それで、何かあったらどうするんだ!?」
「そんなのは、この訳のわからねー世界へきた時からそうだろーがよ!! 竜みてーなのが飛んでる世界なんだろ? でかい化物がいるんだろ? ここへ来るときにも、ジャンボジェット機みてーな馬鹿みたいにでかい鳥が飛んでいた。いくら気を付けていたって、もしもあんなのに襲われれば、流石の俺達でも一瞬だろーがよ!!」
くっ……なんて生意気な。
でも言い返せなかった。確かにその通りだと思ったからだ。でも……
「それでも文句がある。俺達は、今一団となって行動しているんだ。誰かの勝手な行動一つで、他の誰かに迷惑をかける事だってありえる。そういう何か、不幸な事が起きたらどうするんだ?」
「はっきり言えよ。俺達のせいで誰かが死ぬかもしれないだろって。それなら大丈夫、ちゃんとやってやるからよ」
「いや、おい市原……」
「解ってるって、それ以上言うなよ! 大丈夫。俺達が勝手に行動するだけだ。もしそれで、俺達に何かあっても、何も文句は言わねえからよ。あんたらは、そこで座って休憩でもしてればいい。その間に、そのコボルトとかいうふざけたイヌコロを全部始末してやる。その代わり今日の晩飯は、せいぜい奮発してくれよ」
「おい、甘くみるな」
「ああ、うっせーよ! おめーが考えている事なんざお見通しなんだよ! こいつらのリーダーは、俺だからな。何かあれば、俺が全責任とってやるよ! それでいいんだろーがよ。いちいち、えらそーに言いやがって、何様だお前!」
モンタの顔を見る。すると苦笑い。こりゃ、もう何を言っても無駄だって事だ。こんなどうしようもない奴に、どうして他の奴ら……18人もの奴らが黙って付き従っているのだろうか。それが一番謎だ。
翔太、鈴森、トモマサ、北上さんに大井さん、堅吾……続けて顔を見たけれど、皆もうあきらめている様子だった。ここまで言ってもなお、この調子なら好きにやらせてみればいいんじゃないかって。これ以上、危険だからと言い続けても、感情を逆撫でする結果になるだけだろう。
「解った。それじゃあ、ここは任せるが、十分に気をつけろ。何度も言うが、奴らは人間と同じように武器を手に持っている。例えば、剣やナイフ。それで腹を刺されれば、それだけで一貫の終わりだ」
「グダグダうっせーよ、おっさん」
「何度も、同じこと言わなくても解ってるって」
「説教くせーんだよな、おじさんは」
市原に続いて、池田と山尻が言った。二人は、市原の腰巾着。それを聞いた他の不良達は、吹き出して笑った。くっそー、もう知らねー。好きにしろ。
そんな俺の苦労を知っているはずなのに、トモマサがワハハと豪快に笑った。慌ててトモマサの口を翔太と堅吾が塞ぐと、トモマサはすまんすまんと特に悪びれる様子もなく謝った。
「まあ、兎に角よ。ヤンキー共が息巻いてやってくれるっていうのなら、いいじゃんか。ここでゆっくりと高みの見物と行こうぜ。それでもしよ、手助けが必要な感じなら、俺達が出張っていきゃいいんだろーしよ」
「……だな。坪井に賛成だ」
まったくトモマサと鈴森は、まったくぶれないな。
俺は少し離れて、市原達の様子を見ていた北上さんと大井さんに、もう少しこっちに来るように呼び掛ける。
やはり本意ではないけれど、トモマサが言ったように市原軍団のお手並みを拝見する事にした。
でも本当に、それでいいのかどうか。俺も最初は、ゴブリンに腹を刺されて生死の境を彷徨った。この世界にきてまだ間もない、しかも単なる何処にでもいるようなヤンキーごときが、コボルトの集団を相手に戦えるのだろうか。
コボルトは、大谷君達を助ける時にもその付近で遭遇して戦闘になり戦ったけれど、今回の奴は懸賞金のかかった奴。それが4匹もいるのだ。そのうちの1匹は、間違いなく他の奴より強い。
50万円の奴と、5万円の奴が3匹。それがどの位強いのか……いや、ヤバイ奴なのかが間もなく解る。




