Phase.214 『狂気 その2』
「あはーーっはっはっはっは!!」
静寂。それを打ち破るように、唐突に笑いだす市原。そして「はい、どうぞ」と言って、俺に銃を差し出して返した。
こ、こいつ……いったい何を考えているんだ?
「悪い悪い、あんたが銃なんてあぶねえもん持ってんのによー、警戒心がまるでないからよー。これから仲良くしてもらうのに、親切心で教えてやったんだよ」
鈴森が物凄い剣幕で、市原の方へ向かっていこうとしたのを、翔太と堅吾が止めた。
「そうか、それはありがとう。感謝するよ、次回からはもう少し気を付けるよ」
「ああ、気をつけろ。もしもその銃を奪ったのが俺じゃなかったら、あんた死んでたかもしれねーしな」
「そう考えれば、お前はそれを俺に教えてくれた恩人だな。ありがとう、しっかりと肝に銘じておくよ。だがな、人に銃口を向けるなんてマネ、二度とするな。いいな。次やったら……」
市原を睨んで言うと、こいつは負けずに睨み返してきた。
「次やったらどうするって言うんだよ」
「…………」
「決まっているだろ、市原……俺がお前を殺してやる」
俺の代わりに言ったのは、鈴森だった。俺は頭を左右に振って溜息をつくと、市原の肩をポンポンと軽く叩いた。そして、小声で耳打ちする。
「おい、あまりおじさん達をおちょくらないでくれ。本音を言うと、もめごとを起こしたくない」
「…………」
「今回は、お前らにメリットはないと言ったが、それでも実はある。無事に拠点に戻ったら、美味い物も喰わせてやる」
「酒はあんのか?」
「酒? それは駄目だ」
「ここは日本じゃねーんだろ? ならいいじゃねーか」
「駄目だ。もとの世界へお前ら戻る予定なんだろ? そうでければ自己責任という事で何も言わない所だが、もとの世界へ戻るつもりなら駄目だ」
「ッチ!」
「その代わり、美味い肉をたらふく喰わせてやるから。それとちゃんと行儀よくできるって約束できるなら、拠点内も自由に歩き回っていい。それならいいだろ」
「ああ、解った。それじゃその代わり、俺達の強さを示してやるからよー、そのコボなんとかって怪物が現れたら俺達に任せてくれよ。全部、ギタギタのミンチにしてやっからよー」
ふう……また溜息が出る。
同じ歳なのに、大谷君達とはずいぶん違うんだなと思う。まるで同じ生き物じゃないみたいだ。
だけど思い返してみれば、確かに俺達の時代もそうだったかもしれない。俺は大谷君達程、虐められたりはしていなかったがオタクという部類だった。そしてクラスには、モテ男やスポーツ万能、市原みたいなヤンキーも確かにいた。だけど今になって思い返してみれば、俺のクラスにはそんなメチャクチャするヤンキーは少なかったかな。
ようやく話がまとまった所で、再びスマホを除いて目標の位置確認。隣からいきなり北上さんが俺のスマホを覗き込んできて、ドキリとした。顔が近いのもあったけれど、とてもいい匂いがフワっとする。さっきの市原との糞ムカつくやり取りが一気に和らいだ。
「椎名さん、本当にリーダーだね」
「え? そ、そうかな」
今度は反対側から大井さんが身体を寄せてきて、北上さんと同じくスマホを覗き込んできて言った。
「うん、立派立派」
「海もそう思うよね。あのね、椎名さん」
「え? あ、はい」
「やっぱり椎名さん、私と海の思った通りの人だったみたい」
「え? どゆこと?」
「だから、これからもっと親しみを込めてユキ君って呼んでもいい?」
「うんうん、そうね。ユキ君いいね。ユキさん……だとちょっとアレだし」
近い近い近い!! 二人共近い。そして何とも言えねーーちょーーーいい匂い。変な気持ちにならないように、自分の腿裏を思いっきり摘まむ。
「ははははは、いいよ。なんでも好きに呼んでください」
「じゃあユキ君ね!!」
「よろしく、ユキ君!!」
向こうで不動明王のような顔でこちらを凝視する翔太!! そして、その隣でなんともやらしい顔でニタニタと笑っているトモマサと堅吾。こういう事に、一斉の興味を示さない鈴森。
おいおいおい、翔太がこちらへ近づいてきた。そして北上さんと大井さんの肩をポンと押して、二人を俺から少し引き離した。
「な、なんだよ翔太」
「うちのクランはアレだから!」
「アレってなんだよ」
「不純異性交遊は、アウツだから!! そういうのは、アウツだから!!」
「解った、解ってるって!! やめろ、くっつくな!!」
大笑い。その中には、市原の仲間達も何人かいた。例えば、モンタとか――
市原はなんとも言えないけれど、モンタとかこの中には、もっと仲良くできそうないい奴もいるかもしれないという可能性が見て取れた。
――再び、コボルトの生息している場所を探して移動。
途中、スライムに出くわした。
スライムは、ゲル状の奴ではなく、俺や翔太がこの『異世界』へ転移してきて最初に出会ってコテンパンにされたグミ状の奴。
市原の命令で子分が3人、手には棒やらバットを持って、スライムを倒そうと近づいた。だけど、俺と翔太が最初にやられたように、強烈な体当たりを喰らって3人とも見事に転がされてしまった。
それを見た市原は、奇声をあげて他の仲間達と一緒に1匹のスライムを取り囲んで、ボコボコに殴って蹴って刺した。
「ぜええ、ぜええ、どうだ、やってやったぜ!! 怪物なんて大したことねー。コボルトも俺達に任せろよ、なあリーダー」
全員で1匹のスライムをリンチした挙句、こちらを振り向く市原。その顔には、スライムの体液が飛び散っていて狂気じみて見えた。
確かに俺も最初はスライムと遭遇して襲われた時、スライムに対しては怒りと殺意、そして恐怖しかなかった。だけどこれは何か……
上手くは言えないけれど、やっぱりこれは何か違うと思った。




