Phase.211 『ルール』
一件落着? っっていうか、一旦落着。
大谷君達を虐める為に、わざわざこの危険極まりない『異世界』まで追ってきた市原率いる不良軍団。その数は、19人。
今日はコボルト討伐という一大イベントもあるのに、朝っぱらから不良達とのもめごとがあり、ようやく俺達が困っている不良達を受け入れてやるという事で解決した。
とりあえずは……ルールをちゃんと守って行動できるなら、拠点内で自由に行動していいと伝えたものの、この拠点内に女神像がある事はまだ黙っていた。
女神像は、現在シートで覆って隠してはいるが、俺達ももとの世界へ戻ったりもするし、また明日から一週間が始まるわけで、俺も会社に行かなくちゃならない。
だから、このまま黙っていてもいずれバレるだろう。でももう少しだけ、不良共をよく観察して、どういった奴らか様子を見てからでも、女神像の事を教えても遅くはないだろうと思った。
市原軍団との境目を無くし柵を取っ払った瞬間、不良共はどういう訳か俺の後ろをぞろぞろとついてきた。
翔太が笑いながら、俺の脇腹を突ついてくる。
「なんだよ、翔太!」
「くっくっく! 一気に不良軍団の総長になっちまったなーー。かっこいい、ユキー!」
「茶化すな。俺はどちらかというと、虐められ組の方だったんだよ。知っているだろ?」
「でもあいつら皆、お前にくっついてきてるぞー」
確かにくっついてきている。くっついてきながらも、拠点の中をキョロキョロと見回している。
あれから色々なものがこの拠点にもできたから、きっと今発生している霧が晴れたらもっと驚くに違いない。
「それで、こいつらどうすんだよ。南のエリアが空いているから、あっちを好きに使わせるか?」
「使わせない。テントとか立てて済むなら、草原エリアか森路エリア、それかスタートエリアだな。新しく拡張した南のエリアは駄目だ」
そう、成田さん達がまた広げて拡張したエリア。それが南エリア。
そこは成田さんが思い切って、一気に有刺鉄線で領地を囲って広げ、その後に可能な限りにバリケードを配置しなおして作ったばかりのエリア。だからきっとこちら側よりも、色々と動物や魔物が入り込んだままの状態になっているに違いない。
おそらく危険なものはいないと思うけど、大きな池もあったはずだし、その辺の調査もまだしていない。
そう言えば。鹿か猪を、南エリアで見たという報告もあったな。同じ俺達の拠点内であったとしても、現在もっとも野生に近いエリア。草木も多く茂っている。
未玖の店がある場所まで戻ってくると、店の中から未玖が姿を現した。
「なんだ、あのちびっ子」
「めっちゃ可愛いじゃねーかよ」
「あんな少女も、ここにいんのかよ」
不良軍団を目にした未玖は、驚いて物凄い勢いで店の中へ逃げ込んでしまった。代わりに長野さんが顔を出すと、俺と翔太はその光景に腹をかかえて爆笑した。
「拠点内には、いくつか店がある。因みにここは、ゆっくりと寛げる店……カフェだ。さっきの女の子が、色々と作ってくれる」
不良共の「おおー!」とか「腹減ったし、何か食っていこうかな」とかの声。フフフフ。
「だがルールがあるから、ちゃんと守ってくれ。さっきの子もそうだけど、決して怖がらせない事。あと、店は有料だから、ちゃんと代金を支払って利用してくれ」
そう言うと、早速ついてきていた何人かが自分の財布の中身を確認する。そして俺の後をつけてきていたその何人かは、抜けて未玖のカフェに入って行った。
大丈夫か気になったけど、三条さんと不死宮さんが未来を手伝いにやってきたので、安心した。まあ、長野さんもここに暫くいて様子を見てくれるみたいだし、問題はない。
「じゃあ、とりあえず好きにしてくれ。ただ、しつこいようだけど、ルールは守ってくれ。拠点の外へも勝手には出ないでくれ。出るなら出てもいいが、必ず誰かに許可をとってくれ。じゃあ、とりあえず解散!」
言うべきことは言った。あとは、少し様子を見させてもらって、問題がないと判断できれ女神像の存在も教える。
女神像で転移すれば、またこっちに戻ってくる時に、同じ女神像に転移する。そうなれば勝手に俺達の女神像を使われてしまうという事。あと、女神像は石か石に近いもので作られている。もしも不良共の中で危ない奴がいて、女神像を破壊されるような事があった場合、大変な事になる。
考え過ぎかもしれないけれど、俺は心配性な性格だからな。クランリーダーとしての責任もあるし。
そんな事を考えつつもこの場を離れようとすると、市原が言った。
「椎名……さん。あんたはこれから何をするんだ?」
「俺? なんで?」
「協力しろってさっき言ったよな。協力すれば、俺達も色々と恩恵を受けられんだろ?」
「まあ、その考えは間違いではないけれど……ちょっと捻じれているな」
「兎に角、早速何か手伝えることがあるなら、やりてーんだよ。あんたら、これから何かするんだろ? 何をするんだ?」
翔太と顔を合わせると、翔太は「やりてーならいいんじゃね」と言った。
「手伝ってくれてもいいが、凄く危険だぞ」
「危険?」
「俺達は、今日はこれからコボルトの討伐に向かう。その為の準備をこれからするんだ」
「コボルト? なんだそりゃ?」
「魔物だよ、犬の魔物だけど、人型で俺達と同じように二足歩行で武器も使う。とても危険な魔物」
「なぜそいつらを討伐するんだ?」
「転移アプリを開発した奴らって言えばいいのかな? 運営から討伐して欲しいってきているのと、あと懸賞金が出る。それが目当てだ」
「け、懸賞金!? いくらだ!!」
「懸賞金がかけられているのは4匹。1匹は50万、残りの3匹は各々5万だ。でもあれだぞ、ついてきても今回は分け前をやれないからな。それに命の危険があるし……」
「行く!! ぜってー行く!! 是非、連れていってくれ!!」
「え?」
「その変な生き物、好きにぶっ殺せて金ももらえるんだろ、それ? 最高じゃねーか!! 一度でいいから、ブレーキかけずに、何かをぶっ壊してみたかったんだよ。大谷相手にそれをしてみても、代償として俺の人生終わっちまうしな。ははは、いいや! 気に入った、連れていってくれよ。絶対に役にたってやるからよー」
市原……こいつは、やっぱりちょっとヤバい奴なのかもしれない。そう思った。だけど俺は言った。こいつがちゃんと俺達のルールを守るなら、ここに迎えてやると。
翔太はガキの言う事だからと、こいつの言動をぜんぜん気にしていないようだけど、やっぱり俺はこいつの狂気じみた言動がとても気になった。




