Phase.204 『ブーイング』
大谷君達は、市原達と知り合いだった。
知り合いというよりは、同じ高校の友達……いや、友達と言うのは適切ではない気がする。なぜなら、松倉君が大谷君達を呼びに行ってくれたけど、市原達は大谷君達の顔を見るなり、「おい、大谷!!」「こっちこい、この野郎、てめー!!」 とか叫んでいた。
松倉君と、堅吾、それにトモマサが止めてくれたので、何もならなかったけど、それでも彼らからは目は離せなくなった。きっと、大谷君と市原達の関係は、いじめっ子といじめられっ子の関係。
鈴森が肘で突ついてきた。
「椎名、解っていると思うが」
「ああ、解っているよ。もとの世界の事は、俺は知らない。もとの世界で、市原達が大谷君達を虐めていたとしても、それはこの『異世界』では関係がない。
虐められている問題は、俺達じゃなくて学校の教師であったり、それでも駄目なら相談できる場所や警察に言って彼らに解決してもらう問題だ」
俺の言葉を聞いて、鈴森は胸を撫でおろす仕草を見せる。
「良かった。理解していたみたいで」
「そりゃそうだろ。俺達は、別にそういう問題を解決する為に集まっている訳ではないからな」
「それじゃ、どうする? 大谷も、その市原とか不良達もいっぺんに追い出すか? 今なら銃もあるし、簡単だぞ」
俺は頭を横に振った。
そして柵を挟んでこちら側にいる大谷君達と、向こう側にいる市原達全員に聞こえる声で言った。
「それじゃ、市原……お前たちをとりあえず受け入れる」
「受け入れるってなんだよ」
不良の一人が厳つい顔で、吠えた。そいつに負けない位に、鈴森とトモマサが鬼の形相で睨み付けたので、俺は「まあまあ」と言って二人を落ち着かせる。
「とりあえず、お前たちの食料と水、それと寝る場所を面倒みてやる。それで出て行きたくなったら、何処へとなりと出て行くがいい」
「そいつらはいいのかよ? なんだってそいつらは、そっち側にいんだよ!! ああっ?」
「そうだそうだ!! 特別扱いか? 俺達はそっちに入れてもらえねーのに、どういう了見だ? こら!」
不良達の態度に、今度は堅吾が前に出そうになったので、押しとどめた。でもこんなに皆怒るなら、北上さんがここに来てなくて良かった。彼女なら、もしかしたら不良達にあのコンパウンドボウを打ち込んでいるかもしれない。
まあ、冗談はここら辺にして……
「誤解しているようだから、ちゃんと言っておくが本来は俺達がお前らを助ける義理はない。別に俺達はボランティア活動をしている訳でもないし、お前らはここへ自分自身の判断で来たんだろうしな。それと、ここにいる大谷君、小早川君、有明君の3人は俺達のクランメンバーだ」
「クラン? なんだそりゃ?」
「要は俺達の仲間で身内って事だ。だから、こちら側にいる。別にいじめっ子のお前らから匿っている訳じゃないよ」
「椎名さん……」
目を潤ませる3人。鈴森は溜息を吐いたが、長野さんや成田さんや堅吾や松倉君達は、何度も頷いてくれている。
「兎に角、面倒はみてやるけど問題は起こすな。もし協力してもらえないなら、出て行ってくれ」
「……嫌だと言ったら?」
これには鈴森が答えた。
「簡単だ、追い出すまでだ。言っておくが、ここには法律なんて何もない。お前らが束になって俺達を襲うような事をすれば……いいな。俺はお前らに対して、一切の加減をしないからな。しっかりと肝に銘じておけ」
鈴森は、味方にいるととても心強いけど、言い方が少しな……これじゃ、火に油を注ぐ事になりかけない。
「とりあえず、そう言う事だ。お前らはこの拠点内に入れるが、この新たに作った柵からこちら側には入るな。見張りを置くから、用があるなら言ってくれ。それじゃ早速食料や水の準備と、怪我人がいるならその手当をする」
舌打ちが聞こえる。でも気づかないふりをした。まったく不良って奴は……しかし、今はもう夜だ。この程度の事で、こいつらをこの異世界の危険な夜の世界へ放り出す訳にもいかない。
「それじゃ成田さん、団頃坂さん、松倉君。食べ物と水を用意してやってくれ」
「解った」
怪我の治療は、大井さんか未玖……あと不死宮さんや三条さんも得意かな。大井さんなら、治療中にこいつらが何かよからぬ事をしようとしても、適切に対処してくれそうだし。まあ、もちろん見張りはつけるけど。
「それじゃ怪我人は、手を挙げてくれ」
ついでに市原達の数も数えた。19人。なんて数で異世界へ転移してきているんだ。俺なんて、最初はたった一人だったのに……
俺の呼びかけに3人が挙手した。
「それじゃ、今手を挙げた3人はこっち側に来てくれ」
「なんだ? そっち側へ入っていいのかよ?」
「ああ。俺達も鬼じゃないからな。怪我の治療はちゃんと然るべき場所で行う。お前らは、ちゃんと大人しくしてここにいろよ」
「えーーー!! ここ、草原だろ? 寒いよ、寒くなってきたよ!!」
「待ってろ。毛布やテントも用意するし、今薪とか持ってきてやる。それで焚火のやり方も教えてやるからちょっと待て。順番だ。あと、そこの煙草吸っている奴。吸殻を俺達の拠点内に捨てるなよ。いいな」
こいつらを相手にしていると、まるで自分が新兵でも訓練している鬼軍曹かのように思えてきた。まったく……このまま何も起きなければいいが……
俺は大谷君達に、自分達の場所へ戻るように伝えると、怪我をしているという3人を連れて、スタートエリアの方へと移動した。




