Phase.202 『楽しい時間』
腕時計を見ると、もう針は20時を回っていた。辺りは、真っ暗。暗闇に包まれた森の中。
だけどここが拠点の中だという事と、椎名さん達に頂いた薪を使って熾した焚火とか、ランタンの灯りでとても安心していられた。
あと……小早川とカイ。この場に3人揃っているっていう事もあると思う。
焚火がパチパチと音をたてる。その音に癒されると共に、その火を利用して焼いている肉やソーセージ、ピーマンやタマネギなんかのいい匂いが、僕らの食欲をたまらなく掻き立てた。
「なんか、こういうのは、ワクワクして楽しいでござるな」
カイが言った。手には枝を持っていて、顔は満面の笑み。小早川も自分のザックを傍らにおいて、それをいそいそと漁っては、楽しそうな顔をしている。僕もきっと今この瞬間、ニヤついているんだろうなと思った。
そう言えばさっき椎名さんが「また後でー」と言って、向こうに行ってしまった後位から、沢山の蚊に襲われ出した。猛烈な痒み。
異世界にまさか蚊がいるなんて、考えもしなかったけれど、そう言えばここは森の中だった事を思い出す。
そして川エリアにある秋山さんのいる場所を訪ねた時に、彼のテントの前には蚊取線香やらがあった事を思い出した。あの時は、他の事もあって目ではとらえていたけれど、特別不思議として思ってはいなかった。
でも今は、大丈夫。薪に火が点いて、焚火をし始めると蚊に襲われなくなった。きっと、煙を嫌がっているんだろう。焚火から出る煙が立派な虫よけになっているんだ。
「むむっ! そう言えば水! 飲み水がいるな!」
そう言って小早川が立ち上がった。僕も立ち上がる。
「それなら僕も……」
「いや、水の調達は我に任せよ。今、我の荷物を整理して我のザック、略して我ザックをカラにした。これを使えば沢山、水を調達できる。大谷氏も有明氏も、水を入れるペットボトルや水筒をだすのだ」
「いいの?」
「それじゃ、お言葉にあまえてもいいでござるかな」
「うむ、かまわん! ここは拠点内でもあるしな。危険もないだろう。まあ例えコボルトが侵入してきたとしても、我のこの魔剣で一刀両断にしてやるがな。ワッハッハッハ!」
僕らも笑う。
「じゃあ小早川君にお願いするね。でも、給水場所は解ってる?」
「ふむ。確かスタートエリアの丸太小屋の裏に、井戸があると。あとは秋山氏達がいらっしゃった、川エリアの川の水。あそこがいいかな。我にとってはもう慣れた場所であるし、秋山氏や鈴森氏もいらっしゃるし、とても安心できる」
「そうだね。それじゃお願い」
「うむ」
カイと一緒に、空になった水稲やペットボトルを小早川に預けた。小早川がそれらを受け取り、自分のザックにせっせと押し込んで入れていると、声がした。椎名さんや美幸さんや、トモマサさんの声ではない。どちらかと言うと、僕ら位の男の子の声。
「こ、こんばんは」
「こ、こんばんはーー」
「こんばんはでござる」
見ると本当に男の子だった。未玖ちゃんよりは、年上みたいだけど、僕らと同じかそれより下に見える。
「さっき会ってますよね。僕も『勇者連合』のメンバーで、河北和希っていいます」
「あっ、僕は大谷良継です」
「拙者は有明界でござる」
「我は小早川!! あっ! ああっ、小早川秋秀なるぞ!!」
河北君は、にこりと笑って頭を下げた。そして僕らに何か話がある感じだったので、良かったら一緒に晩御飯を食べようと彼を誘った。彼は喜んで焚火の前に座った。
「3人は高校生ですよね! 僕は中学二年です!」
「そ、そうなんだ。じゃあ、僕ら歳が近いね」
「はい! だから仲良くしてもらおうかなって思って。僕と一番近い歳の子は、他に未玖さんがいるんですけど、でもやっぱり同じ世代位の子がいれば仲良くなれたらって思って。良かったら和希って呼んでください」
「わ、解ったよ、和希。こちらこそ仲良くしてください。それと僕の事は好きに呼んでくれていいから」
「拙者も好きに呼んでもらっていいでござる」
「我はそうね……ふーーーむ。では魔剣士と……」
「解りました。じゃあ、大谷先輩、有明先輩、魔剣士先輩ってお呼びしますね」
「ま、魔剣士先輩!?」
思っていた感じじゃなかったのか、小早川が不満そうな声をあげる。その反応に僕とカイは、また大笑いした。本当にこの『異世界』に来てから楽しい。
市原達にいじめられ続け、もう全てに別れを告げようとしていた自分が滑稽に思えるぐらいに、今は充実していて楽しい。
この世界がとても危険な場所だという事も理解しているし、あのトロルのような危険な魔物に襲われて……そりゃ死ぬのは嫌だけど、例えそれで死んだとしても悔いはない。
もう『異世界』は、僕の全てだ。
「え? 魔剣士先輩は何処に行くんですか?」
「我は水くみだー。そのうち戻るからそれまで、肉を焼いたり晩飯の準備を進めていてくれ。あと我を差し置いて、肉を喰らう事は許さんからな。どうしてもっていうのなら、ピーマンやタマネギなら許そう」
「はいはい、解ってるでござるよ。早く行ってきて欲しいでござる」
「よろしくね、小早川君」
「ふむ、任せよ」
小早川が抜けて、僕らのこの場所には僕とカイと和希の3人になった。それから3人で肉や野菜を焼いて、これまでの事やこの拠点の事、クランの事やメンバーの事などを沢山話した。
和希とは気も凄くあってかれこれ盛り上がっていると、やっと小早川が水を持って帰ってきた。だけどその表情は何とも言えない顔をしている。水を汲みにいく間に、何かあったんだ。
「どうしたんだ、小早川君! 何かあったの?」
「いや、それがその……」
「おおーーーーい!! 皆――!!」
誰かが走ってくる。
「俺は、松倉勝。今、この拠点の草原エリアの方に助けを求めて何人か転移者がやってきた。それで、そいつらなんだが、お前たちと同じくらいの歳の奴らで、大谷って知っているかって騒いでいるらしい。だから心当たりがあるなら、ちょっと来てくれるか?」
カイと顔を合わせる。そして小早川の顔をもう一度見て、確信に変わる。
とても信じられない事だけど、奴らがここへきている。そ、そんな事って……そんな馬鹿な
……
目の前が暗くなった。




