Phase.20 『柵の効果』
かなり歪で不細工だけど、味はある。
小範囲ではあるけれど、井戸のある小屋の裏手の方も含めて柵を配置してみた。もしこの周囲で何かをしようと考えているのならちょっと狭いけど、一応造り上げた柵は小屋を囲ってはいる。
もしも異世界物のアニメやゲームなんかで登場する猪みたいな魔物とかが現れて、真っ直ぐに突進してくるような事があればこんな即席の柵、簡単に破壊されそうだ。
だが、とりあえずはこれでいい。現時点では十分だ。
これから時間をかけて、柵をもっと丈夫で壊されにくいように改良をする。高さももっと高くするし、二重柵にしてもいい。
そうなると、外側には戦国時代ものの作品なんかでよく目にする馬防柵を設置する。簡単なものでいいなら、俺にも作れそうだし。
それと次ここへ来た時には、柵の外に有刺鉄線を張りたい。そこまですれば、それなりに防備していると言えるはず。ゴブリンが襲ってきたとしても、そう簡単には突破されないだろうし、有刺鉄線が何かを理解していれば少なくとも直線的に、小屋には突撃してこれない。
「あとは、あれだな。もっと我が領地を広げる」
もはや小屋は俺の拠点、俺のものだと思っている。そして、柵で囲った場所は俺の手に入れた領地だ。そう思う事にした。テリトリーとか、縄張りとかでもいいけど領地っていうのが一番適当でいいと思った。
もう一度、小屋の周りをぐるっと回って一生懸命に作って配置した不細工な柵を見て回る。ダメなところはないか――
……凄いな。こんなものが配置されているだけでも、これに囲まれている内側は少なからず安心感がある。これなら夜でも小屋の外で焚火を楽しめるし、井戸で水を汲む事だって柵に囲まれた中でできる。夜に水を汲みに行きたいと思っても、何も無いよりは遥かに安全だ。
雑になっている部分を見つけ出しては、少し補強し釘を打ち込んで回った。
……やばい、楽しい。子供の時はこういう遊びを色々とやっていたかもしれない。だから、知ったというよりは思い出したというべきだろうか。物を作る楽しみを。下手くそなのは、それはそれで味があるしこれから続けていけばもっと上達するはず。
小屋の正面まで戻ってくる。
正面に配置した柵は、簡単に動かせるようにした。扉のようなものだ。そうじゃないと、表に出たり入ったりが面倒になる。うん、我ながらよくできている。拠点らしくなってきた。
「よし、とりあえず今日の作業はここまでにしよう」
アオオーーーン!
その時だった。近くであの聞き覚えのある獣の鳴き声がした。――狼。
俺は槍を手に持つと、辺りを見回した。すると、3匹の狼が森の中から飛び出してきてこちらに向かって来る。
「くそっ! 狼め、また来やがったな!」
この前俺を襲った奴らだと思った。見分けたわけじゃないけど、そんな気がする。
狼は、柵の外を駆けてこちらの様子を窺う。俺はいつでも小屋に逃げ込めるようにして、槍を手に柵の内側から狼の動きを落ち着いてじっくりと観察した。
「来るなら来てみろ。今度は柵があるんだ。中にはやすやすと入る事はできないし、突破しようとしても内側からこの槍で突き刺してやる」
すると、狼共は小屋の周囲を行ったり来たりと徘徊し、俺を襲う事を諦めたのか何処かへまた走り去っていった。
俺は一生懸命なんとか作り上げた不細工な柵を見て、大したものだと改めて感心した。これがあれば、狼共の襲撃は防げる。
それから暫く様子を見ていたが、狼がまた戻ってくる感じはしなかったので、警戒をといて晩飯の準備をする事にした。辺りはもう暗くなり始めている。
雑誌を火付けに使って、薪に火をつけて焚火を作る。今度は、かなり手際が良くなっていて自分でもびっくりした。たっぷりと水の入ったヤカンを火にかける。
「さて、賞味期限の問題もあるし残り一つの弁当も食うかな」
実はもう一食分の弁当を買っていた。これで、今日の分の食事は賄える。今日は土曜日。予定では、この異世界には来週の木曜日の朝までいるつもりだ。朝方に練馬区の我が家に戻ってシャワーを浴びて、仕事へ行くつもり。
そういうつもりで計画しているから、もちろん明日からの食事も考えて準備している。
持ってきた荷物とクーラーボックスを見る。……フフフフ。こっちへもう一度来たら、是非やってみたかったんだよな。
そんな事を考えつつも、弁当を食べ始めた。シンプルに鮭弁当だった。天丼と悩んだけれど、このタツジン弁当の鮭弁当はリーズナブルで美味しい。こっちの世界じゃかなり肉体労働が待っているからと思って、バランスの取そうな方を選んだという訳だ。
「ふうーー! モグモグモグ……うめええ!!」
今回異世界へ来てから、食欲が凄まじい事になっている。朝からずっと働きっぱなしだからなのかもしれない。
あっという間に鮭弁当を食べ終わると、また珈琲を入れて飲んだ。ふう……美味い! 食い物も美味いし珈琲も美味いし……魔物がいてとても危険な世界である事は変わりないけど、それでもこの異世界は俺にとって素晴らしい世界だなと再認識する。
珈琲を飲み終え一休みすると、小屋の外は真っ暗になっていた。もう夜だ。この場所で、焚火の火だけがメラメラと揺らいで辺りを照らしていた。
俺は、懐中電灯とお手製の槍を手に持つと、もう一度小屋の周りを歩いて配置した柵に異常がないかを念入りに見て回った。
頑張って作った柵は、何度見ても歪で不細工に見えたけれども、同時になぜかそれが愛おしくも見えた。この俺が頑張って森から木を伐り出して一から作った柵は、さっきこの小屋に襲撃しにやってきた狼共を寄せ付けなかった。
狼から俺を、早速守ってくれたのだ。大したものだ。




