Phase.02 『メイド』
秋葉原の朝は遅い。遅いよ……
映像ディスクやフィギュア、ゲームなど見て回ろうと思っていたけれど、昼近くにオープンする店が多かったのは誤算だった。
張り切って早朝に秋葉原に到着してしまった俺は、早速行き場を失う。とりあえずファミレスに入って時間を潰す事にした。
――バニーズ。秋葉原電気街口近くにある、ファミレス。
モーニングセットを注文しつつ、ひたすらにスマホをいじり倒して店がオープンするまでの時間を経過させる作業に入る。
こういう時に、ソシャゲをやっていると時間潰しに丁度いい。助かる。
あらかたやれる事もやって、まだ時間があったので動画を見たり、最近読み始めた小説投稿サイト『小説家になるがいい』などを読んでいると、いつの間にかかなりの時間が過ぎていた。
ファミレスを出て色々な店を回る。天気もいいし、いつも通りだときっと一日中家に籠ってゲーム三昧だったんだろうなと思うと、今日は実に充実した一日を過ごしていると思った。まあ、俺にしてはだけど。
昼過ぎにラーメン店に入る。翔太も大好きな、こってり豚骨醤油系。ライスもお代わり自由。だが、お残しは御法度。
また店を回り、いくつか欲しかったゲームソフトと読み続けているコミックの最新巻を購入した。そして、また秋葉原の街を歩いていると、可愛い女の子達に呼び止められた。――メイドさん。手には、お店の宣伝のビラ。
「良かったらどうぞー」
「はは、どうも……」
なぜか照れているようなしぐさをしてしまう。秋葉原の街の路上には、そこいらじゅうにメイドが立っている。この仕事が好きだからこそやっているのだろうけど、店での接客などだけじゃなくこういうビラ配りまでしているのを見ると、大変な仕事だと思った。
ようやく、メインストリート辺りのエリアから少し外れた所へ行きついた。するとそこでまた、メイドさんに声をかけられた。
「あっ、すいません。ちょっと急いでいるので」
どうせまたメイドカフェのビラだろうと断る。しかし、メイドさんは更に押してきた。猫耳のついたメイドさん。
「ニャーー。ご主人様はお急ぎかニャー。でも諦めないニャー」
「そう言われても、急いでいるんで――」
「それだったら、また後で気が向いたらこのお店に来てみて欲しいニャーー。うちのお店は、異世界での冒険が体験できるという、世にも珍しい物凄いお店なんだニャーー」
異世界で冒険の体験? そういうテイストのカフェなのだろうか。
猫耳のメイドさんが配っていたビラを、結局もらってしまった。可愛いメイドさんだったからもらったんだろと聞かれると、全くそうではないと否定はできない。まあ、ちょっと俺は押しに弱い所もあるし……勝手に勝手な言い訳を考える。
ふーーむ。だからと言って、行くかどうかも解らないけど……
とりあえず、また歩く。そして立ち止まり、なんとなくそのビラを見てみた。
「こんなのもらってもなー。異世界ものとメイドを掛け合わせた店なのか? メイドカフェとかは昔1度翔太と行った事がある程度だからな、よくわからん」
無駄になるのを解っていてビラをもらってしまったと思った。しかし、その内容を何気に読んでみるとちょっと気になる事が書かれていた。
「さあ、異世界へ行こう……当店にいらしてくださいましたお客様には、他では決して味わえないような素敵な異世界への体験を良心価格でご提供させて頂きます。ですが、異世界は危険な所、くれぐれも自己責任でお願いします――――な、なんじゃこりゃ……」
集客する為の様々なアイデアがあり、色々と考えているんだなーと思った。
――腕時計を見ると、もう18時を回っている。
そろそろ晩御飯を食べて、家に帰ろうかな。そう思った。
……そう思ったのに、俺はなぜかさっきメイドさんから受け取ったビラの事を考えていた。メイドカフェの方じゃない。あの……「さあ、異世界に行こう」という内容の方。いったい、どんな店なのか? ビラにそれ以上の詳細が記載されていないので、解らない。
いつもは、こんなの「ふーーん、なるほど」で終わらせるのに、何故か今日に限って気になって仕方がない。こんな事は、自分でも結構珍しい出来事だった。
気が付くと俺は、ビラに載っているマップを見ながらもその店に向かって歩いていた。秋葉原の賑やかな大通りからは、ずっと離れて外神田の外へと向かう。
そして、ビラに書かれていた店を見つけた。かなり、年季の入った雑居ビル。うちの会社よりボロいかもしれない。この、5階に店がある。
「マジかよ……エレベーターがないよ。階段で上までかあー。30過ぎ、現役ゲーマーにはちょっとキツイな」
文句を垂れてはみたものの、ここまで来たのだから覗かない訳にはいかない。それに入ってみてら、、当たりにせよハズレにせよ翔太へのちょっとした土産話になるかもしれないとも思った。そう考えれば、少し面白くも感じる。
自分の意思、気まぐれというやつで俺は雑居ビルの中へ入り、階段を上って5階へ向かった。そう、それはまるで何か見えない力で吸い寄せられているような、引力のようなものにも感じた。もちろん、そう感じただけで気のせいなのだが……
「アストリア……」
5階に上がると、ドアに掲げられているプレートが目に入った。アストリアという文字。これは、この店の名前だろう。中からは、他の客の声など一切聞こえてこない。
ドアノブを捻ると、ごくんと自分が唾を呑み込んだのに気づいた。なんで、緊張している?
中に入る。すると、そこはいくつもの丸テーブルと椅子が置かれていてカフェのような作りになっていた。
そして、更にその奥にはガラスのショーケースが並べられており、中には不思議な物が色々とずらっと陳列されていた。他の客はいない。俺だけ――
俺はそのショーケースの前まで歩くと、声を放った。
「すいませーーん」
すると、奥の方の部屋から声が直ぐに返ってきた。
「はーーい、少々お待ちくださいませ」
店員さん――
すると、奥から一人の女性が現れた。
この店のビラを配っていたニャンニャン言葉の女の子と同じメイド服を着ているが、どことなくゴシックな感じ。
そして、その女性は、はっとするような整った顔立ちをしていて綺麗な人だった。また同時に怪しげな雰囲気を放ってもいる。俺の胸は、どきどきと音を立てていた。
「お待たせしました、お客様。お客様は、異世界への転移をお望みですか?」
「は?」
唐突の事で、は? って答えてしまった。でも、そう言えば秋葉原ってこういう街だったことを思い出す。そういうシチュエーションをあえて作っている店だと思った。
この時は、まだそう思っていたんだ……




