Phase.199 『アダ名』
ヤマメのような魚が獲れた。しかも結構大量だ。小早川は獲れて当たり前みたいな事を言っていたけど、顔は驚いていた。
早速、秋山さん、鈴森さん、最上さんに獲れた魚のおすそ分けに行くと、塩焼きにして食べればいいと言って薪と塩、そしてライターとナイフをくれた。
ナイフで何をするのかと聞くと、魚を焼くには串がいるだろと言われた。串になる木は、その辺にいくらでも落ちている。つまり自分達で串を作り、焚火を熾して、魚に塩をふって焼いて食べればいいという事だった。
僕らはまた秋山さん達に頭を下げてお礼を言うと、秋山さん達から少し離れた場所――川の近くで焚火をやり始めた。
小早川がナイフで串を作り、僕がそれに魚を刺していく。そしてカイが焚火を熾す。だけど秋山さんからもらった薪を組んだ所で、こちらをジロっと見てきた。
「どうした、カイ」
「これ……どうやって着火するでござるか」
「え? どうって、さっき秋山さんにライターを……」
言って気づく。確かにライターで火は簡単につくけど、その火を薪に着火するのは至難。すると小早川がよく乾いた落ち葉を拾って、カイのもとへ運んできた。
「おおーー! これはいいものだ! ナイスでござるよ、小早川氏」
「笑止、これくらいの事。既に火を熾すと聞いた時に、閃いておったわ」
森に僕達3人の笑い声が広がる。
すると向こうから、誰かが近づいてきた。
あれは――
「あははー、こんな所にいたんだ君達」
とても綺麗な人。海さんとはまた違う感じだけど、歳は同じくらいのお姉さん。
「あ、あなたは?」
「私は北上美幸っていいまーす。海や椎名さんや、秋山君とは同じ職場の同僚でーす」
「ええ!! ど、同僚!?」
「そ、それは椎名さんか秋山さんと、美幸様はおつきあいしているという事でありましょーか?」
驚いていると、小早川がまた綺麗なお姉さんを前に、緊張しながらも変な言葉を使い始めた。するとお姉さんは、思い切りバシイっと小早川の背を叩いた。
「ぎゃひいっ!! いたいっ!!」
「っもう、小早川君ってば! おませさんなんだからー。そうそう、私の事は美幸でいいからね。もうあなた達、海の事を海さんって呼んでいるんでしょ? じゃあ私もその方がいいから」
海さんに続いて未玖ちゃん、そして美幸さん。皆さんもとても親しみ深く、綺麗で可愛くて優しい人達だった。女子に対してあまりにも抵抗の備わっていない僕達は、きょどりながらも美幸さんと接した。
すると美幸さんは僕らの間に割り込んできて、焚火の前に座った。
「うん、小早川君……小早川秋秀君だったね。じゃあ、君の事はアッキーって呼ぶね」
「ア、アッキー!? そ、そんなもったえない!! そのようなあだ名をつけて頂き、まさに天にも昇る気持ちでございます!!」
「あっはっはっは! 何それ。天に昇るって! それ死んじゃってるじゃん!! あははーー!!」
「へ? あ……あはは」
泣き笑いしながら転がる美幸さん。それに対して、後頭部を摩って何やら照れている小早川。
「じゃあ、こっちの子がカイ君ね。大谷君はそうだねー。なんだかそのまんまだと固いから……良継君だからヨッシーね」
「ヨ、ヨッシー」
「それじゃあ、これから4人で一緒にディナータイムとしゃれこみましょうかねー」
『は、はい……』
やっぱり美幸さんは、海さんとはぜんぜん違うタイプだった。
落ち着いた感じの海さんに比べて、こうなんていうか体当たりでくる。もちろん、いい意味でなんだけど。
それでもコミュ障の僕達には、眩しく感じるしちょっと戸惑ってしまう。だけど一緒にいて、嫌な気持ちになるというのはなかった。なぜなら美幸さんもとてもいい人なのだと、こうして会話しているだけでも解ったから。
「さあ、薪に火もついたし、後はこのお魚さんたちが美味しく焼けてくれるかだけね。わーー、もうジュジューって脂のしたたる音がする。美味しそう!!」
「うおおお!! いい匂いがすると思ったら、魚かーー!! いいなあ!!」
また、知らない新たな声がしたので振り返る。するとそこには、筋肉ムキムキの強面のプロレスラーみたいな体格の人が立っていた。この人も、椎名さんや秋山さんの仲間。
「こらーー、あっちいって! 邪魔しないで。トモマサまでこっち来たら、魚がなくなっちゃうでしょ。それに他にも食べる物あるでしょー」
「なんだよー、俺もそのガキンチョ達と交流とかなんとかってーのを、深めてやろうとしたのによー」
「だーめ。また後にしてください」
そう言って美幸さんは、トモマサさんというプロレスラーみたいな体格の凄く強そうな人を追い払った。
「さて、焼けて来たね」
「あっ!」
「どしたの?」
小早川が立ち上がる。
「そそそ、そう言えば、わたくし、ここの川でウナギを釣りあげてしまいまして。それが向こうのテントの辺りにありまして……とってきてもいいでありましょうか?」
「うそ、ウナギ――!! いいね、それ!! それじゃあ、ついでにご飯も持ってきて。多分今頃、未玖ちゃんとか志乃ちゃんとかがお米を炊いていると思うから、彼女たちに言えばもらえるよ」
「りょ、了解であります!! 我にお任せを!!」
まるで本当に、美幸さんの配下のようになったような小早川。言われたように、自分で釣り上げていたウナギと、未玖ちゃん達にお米をもらいに駆けて行った。
カイと顔を見合わせた後、美幸さんのほうを向くと目が合った。
美幸さんはにこーっと僕に対して微笑んでくれた。それでなんだか恥ずかしくなって、僕は顔を慌てて背けてしまった。




