Phase.198 『ここは、楽園』
腕時計を見ると、15時半を回っていた。
そう言えば何も食べていない。お腹がぐーーっと鳴ると、それに呼応して小早川とカイの腹も鳴った。3人で大笑いする。
僕らは秋山さん達にご挨拶と、助けてもらったお礼をちゃんと伝え、川の方へ行ってみた。3人で川に近づくと、秋山さんの声が響いた。
「川の水は、結構冷たいぞ!! 入ってもいいけど、うっかり油断して転ぶなよーーー!!」
「はい!! ありがとうございます!! それで……この川の水って飲めるんですか!?」
「おーーう、飲めるぞおお!! 喉乾いてるんなら、ゴクゴクと飲んでみな」
3人揃って、焚火の方にいる秋山さんに頭を下げる。すると秋山さんは、僕達に手を振ってくれた。
椎名さんや海さんもそうだけど、ここにいる人たちはなんていい人達なんだろう。いつも市原達に虐められて絶望した毎日を送っていた僕にとっては、ここが楽園に思えた。
そう、ずっとここにいて皆の仲間になりたい。
カイは、まだナイフが胸に刺さった痛みが残っているのか川の近くの石にゆっくりと腰かけた。そして川の中をのぞく。すると小早川がまかせろとばかりに靴と靴下を脱いで、川にザブザブと入って行った。そしてペットボトルに水を汲む。
「どーれ、有明氏のペットボトルも、この生命の水で満たしてやろう。我によこすがいい」
小早川のセリフに、笑ってしまう。だけどカイは、笑いながらも小早川に釘を刺す。
「それはありがたいでござるが、水を汲むなら小早川氏のその足よりも、川上の方でお願いするでござるよ」
「むむむ! 我は水虫ではないぞ!!」
「水虫でなくても、嫌だよ。気分的にも衛生的にもね」
僕がそう言うと、二人は笑って頷いた。そして僕も川へと近づいて、両手で川の水を掬う。なんて綺麗で冷たい水なんだろう。拠点の中に川があるなんて……
「それはそうと、大谷氏」
「なに、小早川君」
「我が仕留めたウナギだが……3人で食べるのはもちろんやぶさかではないのだが、ちと量が足りなくないだろうか? 我も有明氏も大食漢でもあるしな」
「うーーん、そうだね。どうしようか」
カイの方を見る。
「女神像があるのでござるなら、椎名さんに言って一旦もとの世界へ戻る事も可能でござろう。そうすれば家から色々と、食料をここへ持ってくる事もできるでござるよ」
確かにそうするのが、一番簡単で間違いはない。椎名さんに言えば、問題なく行き来もさせてくれるだろう。だけど……だけど、それだとちょっと面白くないような気もする。
「で、でも折角だからさ。小早川君が頑張ってウナギを捕えてくれたし、もう少しここで頑張って食べ物を調達してみないかな? この拠点はバリケードに囲まれていて安全だし、その中にはこういった森とか川とか草原まであるんだから、きっと何か他に食べ物もあるよ」
「そうでござるな。確かにその方が、面白いかもしれないでござる」
「ふむ。そう言えば、さっき何やら美味そうな実が実っている木があった」
「でもそれは勝手に取るのは駄目だよ」
そうここは、椎名さん達の拠点なのだから。すると、後ろから声がしたので一斉に振り返る。
「その実、勝手に獲って食っていいぞー」
「秋山さん!!」
気づくとさっき焚火の辺りにいた秋山さんは、僕らの直ぐ後ろまで来ていた。どうやら僕達の話を聞いていたみたい。手に持っていた釣竿と手作りの槍、バケツに網をこちらに放る。
「話はこっそりと、ばっちり盗み聞きさせてもらったぞ!! お前ら、えらい奴らだな!! だからこれ貸してやるよ」
「ええ、いいんですか!?」
「いいぜ。この拠点内で自生しているものや、栽培してるものとかそーいうのは、獲ってもいいからよ。適当にやってくれ。でも畑で育てているものとかそーいうのは、未玖ちゃんとかが丹精込めて頑張って育てている訳だから、ちゃんと許可をとってお礼もいう事。それができるなら、拠点内でも沢山色々あるから取って食っていいぜ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、最近じゃここと反対のエリア、南エリアって場所も新たに拡張したしな。そこには鹿とか兎もいるみたいだし、池だってあるんだぜ。あと、草原エリア……女神像のあった場所だけど、そっちには店も造ったしな」
小早川が声をあげる。
「みみみ、店でありますか!? この拠点に店があるんでありますか!!」
「ああ、あるぜ。ユキーがよ……えっと、リーダーの椎名がよ。もとの世界へ戻れない転移者、【喪失者】の為に作ったんだ。もとの世界へ戻れなければ、金も手に入らないだろ。だけど必要な物があれば、帰れる者に買ってきてと頼むことができる。だからユキーは、【喪失者】でもこの異世界で金が稼げるように、店を作ろうってやり始めたんだ。気になるなら、行ってみればいいぞ。軽食とか珈琲とかそういうのんが注文できるぜ」
な、なんて場所だ。僕達なんかとは、発想力も行動力も違う。椎名さんは、物凄いリーダーだと思った。
……よし、決めた。
「秋山さん」
「おん、なんだ?」
「僕、この拠点にいる人たちと、仲間になりたいです。どうか、『勇者連合』のメンバーに入れてもらえませんか」
そう言うと、カイと小早川も慌てて「我も我も」「拙者も!!」と僕に続いた。秋山さんは大笑いすると、何度も頷いてくれた。
「おーおー、それならいいんじゃねーか。あとで、俺からも言っておくけど、ユキーに直接そう言えばいいよ。そしたら俺達も仲間だな」
仲間――なんていい言葉だろうと思った。カイや小早川と友達に慣れた時にもそう思ったけど、仲間ができるっていうのは、なんかこう……ウキウキするとかそういうのとも違うけど、こう心が熱くなって嬉しい感じになる。
秋山さんはにこりと笑うと、一言「じゃあ、晩飯調達頑張って!」と言ってまた焚火の方へ歩いて行った。
僕達は秋山さんが貸してくれた、釣竿やらバケツやらを手に持つと、再び川の方へと近づいて行った。
さっき川を見た時に、何匹もの魚が泳いでいたのを見たからだった。




