Phase.192 『鼠 その2』
僕、小早川、カイの3人はこの『異世界』で新たなる冒険に身を乗り出していた。それは、僕達の知らない新たな女神像を探し出す事。
探し出したからなんだと聞かれれば、特に何もないだろう。ここへやってきた時と同じ女神像、それときっと同じだと思う。
小早川が言うには、ミケさんやミケさんのお店に通っている他の客がそう話していたそうだ。だけど僕達にとってはそれこそが、大きな冒険への一歩なのだ。
別にある女神像を探し出す事こそ、大きな冒険。それで他では代えがたい経験がつめると思っている。この世界がどんな姿をしているのかという事も、おのずと解ってはくるはず。
それで意を決して冒険の旅に出た訳だけど、旅を始めて半日も経たずに、大鼠の群れに追われるという危機に遭遇してしまっている。
「小早川君!! そっちだ!!」
「わ、解っている!! 我の渾身の一撃を思知らせてくれん!!」
逃げ続けた先に見つけた、大きな岩。
大鼠の群れからこのまま逃げ切る事は不可能だと思った僕は、その岩の上に皆を誘導してここで、ここによじ登ってくる大鼠共を相手に戦う事に決めた。
万年いじめられっ子で引きこもりの僕が、金属バットを手に戦うだなんて今でも信じられない。だけど戦わないと、世にも苦しい死が待っている。きっと直ぐには死ねないだろう。徐々に身体のあちこちを齧られて、死に至らしめられる。そんなのは、ごめんだ。
「ダークネスソーーード!! スラッシュ!!」
小早川は、そう言って目の前の大鼠を剣で払った。
小早川とカイの所持している剣は、模造刀。本物ではない。だけど斬れないだけで、金属製なので立派な武器にはなる。その剣が大鼠の腹にあたり、大鼠は宙を舞って岩下へ落下していった。
「どうだあああ!! これこそ闇の力を得た我こそが使える、必殺奥義よ!! まともに喰らえばただではすむまいて、フハハハハハ」
鉄製なので、そりゃまともに叩かれればただでは済まないだろう。口に出そうになったけど、折角やる気を出してくれているので、黙っておいた。
そしてカイの方を見ると、カイもショートソード二刀流で、バシバシと次々に登ってくる大鼠共を打って岩下に落としている。
「これならいけるでござるよ、良継殿!! いくら鼠の魔物で数が多くいても、登ってきた瞬間は無防備極まりないでござる! しかも叩き落とせば、落下ダメージで更に大きなダメージを与える事ができるでござるな!」
「そ、そうだね! このまま奴らが諦めるまで応戦しよう!! これ以上僕らにかかわっても、物凄い損害を被るって事を、身をもって教えてやるんだ!!」
ガブリッ
「ぎゃあああ!! いたいいいい!!」
小早川の悲鳴。振り返ると、彼の足と腕に大鼠が噛り付いていた。噛り付かれている個所に無数の牙が突き立って出血をしていた。僕は、急いで小早川に近づくと、彼に噛り付いている大鼠を両手で掴んで引きはがして、岩下へ思い切り投げた。
「ひいいい!! いってえーー」
「大丈夫!? 小早川君!!」
「ああ、助けてくれてすまん!! ありがとう、大丈夫だ、まだ戦える!!」
「もう少しだ、もう少しできっと押し返せる!! だって鼠共の方が大損害なんだから。頑張って」
小早川にそう励ます事によって、自分自身へも鼓舞をしていた。
小早川もカイも僕の言葉に頷くと、逃げ出そうなんて微塵も見せずに一心不乱に大鼠の群れ相手に戦った。そしてどれ程の時が経っただろう。
気が付くと、周囲に生きている大鼠の姿はなく、死骸のみが大岩の周りに沢山転がっていた。そして僕らは3人とも、あちこちを怪我しているものの、なんとか生き残っていた。
その場にへたり込み、ぜえぜえと息を整える。頭からボタボタと垂れ続ける汗を、拭う体力も残っておらずただただ回復に努める。そして落ち着いたら、背負っているザックから、水やらお茶の入ったペットボトルを取り出してゴクゴクと飲んだ。
それから少しだけ様子を見て、大鼠共を完全に追い払った事を確認すると、登ってきた大岩から下へと降りた。
小早川がちゃんと自分で降りれるか解らないので、先に僕とカイが先に降りて、小早川が下まで降りられるようアシストした。
小早川は登る時よりは、いくらか上手に降りられるようだったけれど、大鼠に噛まれた腕と足の傷が痛むのか、力む度に顔を歪めていて、「いててて」と声を漏らしていた。
「さて、これからどうするでござるか?」
「いててて、血が出る。ううう……我は負傷をして、正常に考える事ができぬわ。このままでは、良策も浮かばぬ。いつもなら、策なんて千は思いつくのだがな。大谷氏、これからどうすればいいか教えてくれい」
「お、教えてくれいって言ったって……」
僕達の目的は、冒険だ。この世界の冒険。女神像を発見し、それで元の世界へ転移して戻る事。月曜日の朝までがタイムリミットで、それまで帰ってまた学校へ行く事。
学校に行けばまた市原達に追い回されるかもしれない。だけど、今の僕……トロルから逃げ切り、大鼠の群れと戦った僕には市原達がまた付け狙ってきても逃げきればいい。そんな事を考えていた。
「とりあえず、水がないとまずいと思う。この先もっと荒地が広がって、そこを彷徨い歩く歩く事になったら、ゲームオーバーにだってなるかもしれない。だから、北に向かおう。北に上がれば、もう少し緑が豊富にあるかもしれない」
なんの根拠もないけれど、今僕が精一杯考えて思いつく事は、それ位だった。だけど二人共、それはいい考えだと賛成してくれた。




