Phase.189 『冒険を始める』
――19時。
僕、小早川、カイの3人は『異世界』に転移してきた。全員そろって、あのなだらかな丘にある女神像の前に立っている。
小早川は早速、僕が背負っている長物に目を向けた。
「なるほど、今度はより殺傷能力の高い武器を持参したか。我の武器に近しい武器だ。破壊力も伺えるが、これまた珍しい冥府の武器だ」
「め、冥府の武器って……」
「いいでこざるなー、確かに破壊力はありそうでござるよ」
金属バットだ。学校を終えて3人で集まって、その後市原達に追いかけられて……帰宅する途中で、あるスポーツ用品店で購入したもの。小さめなお店だけど、なんとなくスポーツ用品店なら武器になるようなものがあるのかなと思って入った。しかも包丁とかナイフみたいに、購入しようとして他人に不審がられることもない。
それで手に入れた金属バット。これなら、破壊力もあるしリーチもある。振る為に設計されて作られているから、振り回す攻撃においては十分にその力を発揮してくれそう。そして耐久力も丈夫。
「それじゃ、これからどうしよう。今回は思い切って冒険するんだよね」
頷く小早川とカイ。
「またトロルと遭遇するかもしれない。今度は捕まって食べられてしまうかもしれない。それでも……」
「行くぞ!!」
先に声をあげたのは、なんと小早川だった。カイもにこりと笑って続く。
「拙者も同じ気持ちでござる。拙者たちは、いわばこの世界では冒険者でござろう。この先に危険が待ち構えているにしろ、覚悟はできているでござる! 死ぬのは絶対嫌でござるけど」
3人で大笑いする。
「解った。僕も同じ気持ちだよ。ずっと夢にまでみた異世界だから……勇気を振り絞って冒険をしよう」
「それじゃ、どちらに進むかきめるでござる」
「先に目的を確認しておきたいんだけれど」
「それならば決まっておる。今回の目的は冒険!! 今までは、女神像周辺の調査であったが――今回は、ちゃんとした本物の冒険をするのだ!!」
小早川のざっくりとした言葉に、一瞬呆気にとられてしまう。カイも苦笑する。そしてポンと手を叩いた。
「閃いたでござる。それでは、こういうのはどうでござるか? 別の女神像を探す冒険」
べ、別の女神像を探す冒険!?
「ミケさんのいる店には、他にも客がいたでござろう。そのいくらかは、言わずと知れた拙者らと同じ、転移者でござろう」
「それはそうだ」
「その全員が、ここの女神像を使っていると思うでござるか?」
確かにその通りだった。つまり、カイはここにある女神像の他にも、いくつも女神像があると言っている。だからそのまだ確認をしていない、ここにある女神像とは別の女神像を見つけて、もとの世界に戻ろうという考え。
「どうでござろうか? ここにある、拙者らの知る女神像と違う場所にある女神像を発見する。それこそ、最初に成し遂げる冒険にふさわしいと思ったのでござるが」
「ほう、流石は有明氏。簡単なようで、そうではなく危険なクエスト。しかしそれこそがロマン」
「うん、それいいと思う。既に覚悟は決めて、今日は来たつもりだし……僕は賛成だ」
3人で頷く。目的もこれで決定した。
『異世界』は未知なる魔物がいて、とても危険だという事はよくわかった。それにこの世界をぜんぜん知らない僕達が、この女神像から離れて別の女神像を探しに出れば、そのまま遭難する確率もぜんぜん高いと思う。
だけど僕達3人は、現実に自分達が冒険者となって未知なる異世界を冒険する――それこそを夢見てきたのだ。
実際にそんな世界なんてあるわけがないと決めつけていた世界がある。それなら――
小早川が声をあげた。
「よーーし!! それじゃ出発だ!! いくぞ、我についてこい!」
「了解でござる。行くでござるよ、良継殿」
「う、うん! でも、行先は?」
「それは、誰も解らないでござろう。拙者たちの冒険は、もう幕を開けたのでござる」
カイの言葉に何度も頷く小早川。そして、遠くを指さした。
「とりあえず、あのトロルに襲われた森は不吉だ。そちらとは逆の方へ、進んでみよう。草木があればきっと水のある場所もある。女神像を見つけ出すタイムリミットは、月曜の朝までだ。できれば日夜にはもとの世界へ戻りたい。それがベストである!」
勇ましくポーズをとって見せる小早川。でもお腹が出ているなと思ったけれど、口には出さなかった。
向かう方向も決定したので、十分に辺りを警戒しながらいざ歩く事にした。
時間はまだ19時台。それでも既にこの世界には、闇が広がり辺りは暗くなっていた。幸い天気は良く、月明かりで周囲の景色は見渡せた。だけど足元は暗くて、蛇とか何かいても解らないと思った。
僕と小早川とカイ。3人とも懐中電灯を取り出すと、それで周囲を照らし出しながらも前に進んだ。
小早川が先程指した方へ暫く歩いていく。そして後ろを振り返ると、僕達が転移してきた女神像がポツンと小さくなっていた。
あそこから結構歩いた。でも今回はもっともっと離れて行く。とりあえずは、何か緊急事態にでもならない限り戻る事も考えていない。
そう、僕達の冒険はようやく始まったのだから。




