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Phase.185 『小早川』



 まずは、結果から述べたいと思う。


 僕とカイは、『異世界(アストリア)』で思いもしない経験をした後、なんとかもとの世界へと戻る事ができた。


異世界(アストリア)』からうちへ帰宅した日、僕は泥のように眠った。


 翌日まで帰ってこなかった僕を見て母さんは、特に何も言わなかった。またゲーセンかネカフェに行ったのだろうと思ったのかもしれない。だけど友人といた事を伝えてはいたので、それ程心配はしていなかった様子。


 それに、引きこもりでどうしようもなかった僕が物凄い前向きになっているような素振りもあったので、ここでうるさく言ってせっかく前向きになりかけた気持ちを挫いてはいけないと思ったのかもしれない。


 市原に20万円よこせと脅されて、コンビニのATMにお金を降ろしに行った日。実はまだ一昨日の事だけど、既に大昔のようにも感じる。


 ――とんでもない濃厚な時間を過ごした。


 今日は、早朝から目が覚めてずっとソワソワしている。昨日、『異世界(アストリア)』から帰ってきてから、ずっと眠っていたからだと思うけれど、理由はそれだけじゃなかった。


 小早川。小早川秋秀が無事でいるか、早く知りたかった。トロルに襲われた時に、一番に逃げ出して僕とカイの事を放って何処かに行ってしまった。


 カイにも言ったけれど、そんな事を今更責める気なんてさらさらない。あんな恐ろしいトロルなんて目にしたら、思わず逃げ出してしまうのも理解できる。


 だから僕は、ただ小早川が無事でいる事の確認がしたいだけだった。そしてできればまた一緒に、カイと三人で『異世界(アストリア)』にリベンジしたい。


 あんな恐ろしい思いをしても、またあの世界へ行こうと考えるなんてどうかしていると他の人が聞けばそう思うかもしれない。だけど僕は、これだけ怖い思いをしてもなお、あの異世界にひかれ続けている。


「それじゃ、母さん。行ってきます」

「本当に大丈夫なの?」


 母さんは、僕が学校で誰かに虐められている事に気づいている。それに一昨日は帰ってこずに、翌日泥だらけになって帰宅した。だから気遣って、学校ももう一日位休めばいいのではないかと言ってくれている。


「うん、大丈夫。それじゃ行ってくる」

「……いってらっしゃい。あまり、無茶はしないでね」


 いつもよりも早く家を出た。


 今日は色々な事が僕を待ち受けている。まずは市原。市原とは一昨日あれっ切りだし、昨日は学校も休んで顔も合わせていない。間違いなく鬼の形相で、僕を血祭りにあげる為に学校で待ち構えているだろう。


 いつもの僕ならそれを考えるだけでも、震えあがって恐怖でおかしくなっていた。だけど今は……今は市原の顔を見たら、滑稽に見えて笑ってしまいそうだと思った。市原なんてあのトロルの恐怖と比べればとても、比べ物にならない。小さい。


 だからと言って捕まるわけにもいかなかった。半殺しにされるのは間違いないだろうし、お金とかそういったものも全部、盗られる。


「だけど今日は捕まらない。僕には、これがあるから」


 ポケットの中に忍ばせたスマホを握った。






 ――――学校に到着した途端、顔が真っ青になった。校門の前に市原がいる。しかも取り巻きの池田と山尻もいる。やっぱり強がっては見たものの、実際目にすると身体が震えて竦んでしまう。


「市原、あれ見ろ! 登校してきやがったぞ」

「ああ? あの野郎、来やがったな。ボコボコのギタギタにしてやっからよー」


 市原は予想したとおりに鬼の形相で僕を睨む。


 逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ。トロルに比べればあんなもの、恐れるには足りないはず。それにもっと自信を持つんだ。僕は自分自身が嫌になる位に弱いと思っていた。だけどあの時、トロルに襲われた時に身体が動いた。そしてカイの腕を掴んで走って逃げ切る事ができた。


 あれに比べれば、今の方が圧倒的に危険が少ない。


 僕は何食わぬ顔で、市原がいる方へと歩を進めた。なぜ、そんな事ができたのかというと、校門には市原の他に沢山の登校してくる生徒に加えて、生活指導の先生がいたからだった。


 市原に追いかけまわされるのは、校門を通過して教室へ向かうまでの間だ。だけど僕は逃げ切って見せるし、そのまま教室へも行かない。


 教室へ向かえば教室で捕まって、結局悲惨な結果となってしまう。もう市原にボコボコにされるのも虐められるのも、何かを盗られたりするのも嫌だ。全部、もうたくさんだ。


「おい、大谷!! 解ってんだろーな? 忘れたとは言わせねーからな」

「お、おはよう、市原君。それじゃ……」

「おい、待てよ!! もう20万じゃすまねーからよ、たっぷり後悔させてやるからよ。今からちょっとこっちこい!!」


 校門を通り過ぎると、市原はそう言って後ろから僕の腕を掴もうとした。だけど僕はするりとかわして走り出した。いきなり思いもよらない行動だったのか、市原たちは一瞬きょとんとした後、猛スピードで僕の後を追いかけてきた。


「待てごらああああ!! 直ぐに止まれえええ!! でないと、生きてきた事を後悔させてやるからなああ!!」

「待て大谷!! 待てっていってんだろーがよ!!」


 市原だけじゃない。池田も山尻も追いかけてくる。僕は、3人に何を言われても足を止めなかった。全速力で走り校舎に駆け込む。その瞬間、入口でカイと小早川に会った。


 小早川は本当に申し訳なさそうな顔で、走って駆け抜ける僕の方を向いて何か言った。


 その声は小さく、必死になって走っていた僕には聞き取れなかったけれど、小早川が何を言ったのかは理解していた。小早川は、僕に「ごめんなさい」って言ったんだ。


 僕は市原に追われて、冷や汗をかき引きつった顔のまま、二人に「またあっちで会おうよ」と言い返した。


 小早川の驚く顔。それを目にしながら、僕は市原たちに追われつつも校舎の二階へと階段を駆けあがった。

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