Phase.182 『カイの怪我』
森の中に、いい場所を見つけた。
高くなっている場所に生えている大きな木の根元。そこに沢山のツタが垂れ下がっていて、近くまで寄るまで解らなかったけれど、その奥が空洞になっている。洞穴。
そこへ入ろうとすると、カイが心配そうに言った。
「こ、こんな所に洞穴があるなんて驚きでござるが……何かが潜んではござらぬか?」
ゴクリ……カイの言葉を聞いて、唾を呑み込む。
確かに何か豹とか熊の魔物が飛び出してきても、なんらおかしくはない。そんな感じの洞穴である事は間違いなかった。だけど……
アオオオーーーーーーン!
やはり周囲にウルフがいる。ここでやり過ごせるなら、やり過ごしたい。
カイを一度、傍にあった木に寄りかからせると、僕は懐中電灯を片手に洞穴を照らした。
「じゃあ、ちょっとここにいて。洞穴の中に何もいないか、ちょっと見てくるよ」
「本気でござるか!?」
「気は進まないけど、それしかない。な、何かいたらすぐに逃げ出してくる」
「じゃ、じゃあこれを」
カイはそう言って二振り持っていたショートソードの模造刀、その一本を僕に向かって差し出した。僕は彼の目を見て頷くと、それを受け取った。
模造刀と言っても、これは金属でできている。多分、重さから言って鉄かなとも思うけど、兎に角丈夫そうだしこれで突いたり叩けば、ダメージだって与えられると思う。
人間相手だって、首を刺したり、頭上から思い切り振り下ろせば相手の命を奪えるだろう。だからこれは、十分に武器になる。
隠れる時にツタはあったままの方がいい。僕はそれを払わずに、ショートソードを使って避けると中へ懐中電灯を突っ込んで調べた。
洞穴の奥はぜんぜん深くなく、とりあえず豹とか熊のような危険な魔物もいない風に見えた。
カイの方へ振り返る。
「だ、大丈夫そうだ」
「そ、そうでござるか。それじゃ、早速中へ入って少し休息をとるでござるよ」
「うん」
カイを手助けして、一緒に洞穴に入ると彼をゆっくりと座らせた。
「少し待ってて」
もう一度、洞穴の外に出て辺りを見る。ハスのような大きな葉をした植物が目に入ったので、その葉を何枚も獲るとそれを持って洞穴に入り、地面に敷いた。カイをその上で横にならせる。
ふと見ると、カイの右足――ズボンは血で染まっている。かなり痛々しい。
「よし、これでいい。ちょっと足を見てもいい?」
「いいでござるが、触らないで欲しいでござる」
僕は頷いて、カイの右足のズボンを慎重にゆっくりとまくり上げて、僕がしっかりと巻いたタオルを外す。怪我している部分に、手が触れないように気を付けて――それでも少しは手が触れてしまい、カイは「うっ」と声を漏らした。
「ど、どうでござるか? ひどいでござるか?」
「怪我はしているけど……骨が突き出したりはしていないよ。肉がちょっと削られてて、血が出ているんだと思う」
「え? 削られ……」
「でもそれよりも、腫れているから……止血はもうしなくても大丈夫だと思うけど、何かで冷やした方がいいかも。腫れの方が気になるから」
そう言って自分のザックから水の入ったペットボトルを取り出した。
「ま、まさか……」
「水をかけるけど、いいかな」
「……仕方ないでござるね。お願いするでござる」
カイの右足、怪我をして腫れている個所に水をかけて少しでも綺麗にした。カイは。目を瞑ると歯をかみしめて痛みをこらえていた。
これは……これはもうなんとかして元の世界へ連れ帰って、病院にでも連れていかないといけない状況……僕にできる事は、カイを見捨てずに女神像のある場所まで連れていく事。それしかないと思った。
「とりあず1時間か2時間か……ここで身体を休めよう。そうすればもっと動けるようになると思うし、それ位時間が経てばウルフもきっと何処かへ移動しているかもしれないから」
「解ったでござる。じゃあ、折角だしちょっとここで睡眠をとるでござるよ」
頷いて、カイと共にこの洞穴で少し眠って体力を回復させることにした。
――――
――――目が覚める。どうやら、洞穴内の土壁に身体を預けて、そのまま座ったまま眠ってしまったらしい。隣を見ると、カイが仰向けの状態で横になっていた。一瞬嫌な予感がして顔を近づけてみると、寝息を立てていたのでホっとした。
腕時計を見るともう9時を回っている。別に今更やってしまったなんて思わないし、不登校にも慣れているので学校が始まっているなと思ったけど、別にそれだけだった。
小早川は無事なんだろうか。無事にトロルから逃げきって、もとの世界へと戻っていてくれていればいいんだけど……それでも最悪の事態だって考えられない訳じゃない。
もしもトロルに捕まったり、逃げる途中にカイのように負傷をしていたら、今頃どうなっているのか。
小早川に何かあった場合、僕はミケさんになんて言えばいいんだろうと思った。
洞穴の入口に垂れ下がっている無数のツタの隙間から、光が差し込んでくる。これだけ明るければ、森の中だって普通に明るいはずだ。
僕は起きたばかりで、まだ重い感じのする身体を持ち上げると、腰を曲げたままツタをかき分けて洞穴の外に出てみた。
森の中――そこは木漏れ日が差し込み、青々とした草木と相まって驚くほど清々しい場所と化していた。
昨日の暗く不気味な森。それが朝と夜で、こうも顔を変えるなんて……暫く僕は、森の中を見渡していた。




