Phase.176 『また前進』
森は暗闇に包まれている。辺りから様々な虫の声が聞こえ、鳥なのか蛙なのか判断のつかない鳴き声も何処からか聞こえてきた。
僕は急に、もっと幼い時にあった事を思い出した。
夏休みに入ると母親の実家、つまり田舎に帰る事が毎年恒例の行事となっていた。田舎があったのは四国。高知県の山の中だった。丁度、ここ『異世界』によく似ている。空気が良くて、緑に溢れていて自然が豊富で開発が進んでいない。そんな所だった。
ある時、田舎に帰った時に僕は、従妹と夏祭りに行った。そしてそこで従妹とつまらない事で喧嘩になって、僕はふてくされて一人で祖父と祖母のいる家へと帰った。
夏祭りが開かれていたのは公民館で、そこも緑に包まれた山の中だった。そこから一人、懐中電灯を頼りに元来た道を歩いて帰る。
小学生低学年だったと思う。その時の僕は、怒りで突発的な行動をとってはしまったけれど、その暗闇に包まれた帰り道に恐怖しながらも何度も後悔をしていたかな。
その時のシチュエーションと、気持ちを思い出した。
でもあの時と大きく違う所。それはここが日本ではなく異世界だという事と、僕一人ではないという事。そして僕も少しは歳をとって、小学生低学年の時よりは強くなっている。
いや、どうかな。高校生になっても市原達に虐められて……僕は弱いままだ。
だけどこんな恐ろしい経験をしているという時に、少しワクワクしている自分がいる事に気づけた事が、ほんの僅かでも少しは強くなったのかもしれないと思った要因だった。
先頭を歩く小早川と有明は、剣を抜いてそれで周囲の草をかき分けたりしながら前進していた。きっと蛇など、草むらからいきなり飛び出してこないように警戒しているのだろう。
置いていかれないように、しっかり後について歩いていると有明が振り返って言った。
「大丈夫でござるか? 大谷氏」
「う、うん。大丈夫だよ。そ、それより何処へ向かっているの? こんなに女神像から離れて大丈夫?」
「それは拙者も少し不安でござるが、まあ危険を恐れるだけでは前に進まないでござろう」
確かにそうだけど、実際僕が仲間になるまでずっと有明と小早川の二人は、女神像の近くにしかいなかったと言っていた。3人になった途端、急に気が大きくなって、今までと比べ物にならない位に大きく行動しているけど……それは、どうかと思う。だけど僕は、それを言葉にできなかった。
30分位……歩いた所で、小早川が声を張り上げた。僕は小早川がいきなり声をあげた事よりも、30分もこんな暗闇の広がる得体の知れない不気味な森を歩いていた自分に驚きを隠せなかった。
「やったああ!! ついに見つけたぞ!! 有明氏、大谷氏、あれを見よやー!!」
興奮して何度も指をさす小早川。僕と有明も何を見つけたのかと、まじまじと見る。するとそこには泉があった。
大きな泉で、泉のある場所には木々が無いので、月明かりで泉全体が照らし出されていた。それがまた幻想的で、本当に妖精でも現れそうだなと思った。
「す、凄い! これは泉だ!! 森の中に泉があった!」
「そうだろそうだろ、我が見つけたのだ!! フハッハ! よし、じゃあ早速……あの辺りに行こう」
小早川がそう言って指した場所は、泉の畔。駆けて行く小早川の後を追って、僕と有明もそこへ移動した。
泉の近く――おそるおそる首を伸ばして覗き込むと、水面に自分の顔が映った。僅かに波打つ泉の水に、目を奪われていると有明が僕の肩を叩いた。
「大谷氏、何をやっているのでござるかな」
「え? いや、泉の水……飲めるかなと思って」
「どうでござろうか。見た感じ、綺麗には見えるでござるが」
「そんなもの、飲んでみれば解るであろうが! フハッハ」
小早川は、泉を眺めていた僕と有明の間に割り込むと、いつの間にか手に持っていた鍋で泉の水を汲んだ。そして近くにあった大きな石に腰を掛けてると、自分のザックからゴソゴソと何かを取り出した。
「そ、それ、なに?」
「気になっているな。よし、特別に皆にも拝ませてやろう! これは我が四次元ボックスより取り寄せたアイテム、バーナーだ。今、火をつけるぞ」
キャンプとかで見る、お湯を沸かしたりする道具だった。四次元って言っているけど、ネット通販で購入したものだと、僕も有明も既に解っていた。
カチッ ボワワッ
『おお!!』
バーナーに点火すると、僕らは驚いて思わず声をあげてしまった。そしてお互いに顔を見合わせて笑った。暗闇が広がる森の中、そこで灯される小さなバーナーの火。それでもなんだか眺めていると、心が穏やかになって、なんだかその火の光に守られているような感覚になった。
小早川は先程掬った泉の水が入っている鍋をバーナーの火にかけると、また自分のザックを漁って弁当などを取り出した。
「よーーし。念願の泉も見つかったし、今日の異世界冒険は大きく前へ進んだと言ってもいいだろう。なのでここらで一旦、休息を取ろうじゃないか」
「つまるところ、ここで晩御飯にするという事でござるなもしーー」
二人とも物凄くテンションがあがっているなー。でも僕も例外じゃない。市原達に虐められる毎日を送り、今日の夕方……20万もの金を脅されてとられかけたのは記憶に新しい。
あの絶望しかなかった時間が、今は嘘のように感じる。ここには市原達も、学校も僕の家や親すらいない。あり得ないほどにフリーダムな世界だった。




