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Phase.175 『初めての一歩』



 自己紹介なども終えると、小早川が言った。


「それじゃ、これより我ら選ばれし者の、記念すべき冒険を始める!! 我についてこーい!!」


 ここではまだ、晩御飯にはしないんだと思った。確かに転移してきたその場所でいきなり食事にするのは、少し味気ない気がする。


 早速歩き始めると、小早川が先頭に立った。その後ろに僕と有明。僕は一応確認しておきたかった事を聞いた。


「こ、これから何処に行くの?」

「そんなの冒険に決まっている」

「こ、ここは、ま、魔物がいる世界なんだよね」

「そうだ、もし魔物が襲ってきてそれが恐ろしい相手なら全力で女神像まで逃げるぞ」

「に、逃げるって……」


 有明が言った。


「拙者たちは、そんな感じでかれこれ3週間程、この世界をちびちびと楽しんでいるでござるよ」

「え? でもそれは冒険っていうのかな」

「いいでござるか、大谷氏。この『異世界(アストリア)』でもしも大怪我するような事があったとして、それはもとの世界へ戻っても大怪我を負ったままでござる。つまり、もしここで魔物に襲われて殺されるような事があった場合……」

「僕は、本当に死ぬって事か……」


 とんでもない世界へ足を踏み入れてしまった。だけど、夢みたいなこの幻想世界に足を踏み入れてから、正直者言うとずっとワクワクしている。


 どうせ僕は市原にずっと虐められる毎日を送っていて、生きる事自体を諦めた方が楽かもって考えた事もあるんだ。そう思うと、今更ここで命の危険があるとか言われても、それ位で引き下がる理由にはなりえなかった。


 今いる丘の向こうに見える大きな森。そこを小早川が指をさして言った。


「我のパーティーにもついに3人目の仲間が入った。い、いつもはこの丘の周辺を徘徊する程度の冒険だが、きょ、今日はあのあたりまで行ってみようか」


 有明が飛び跳ねる。それを見て、有明は小太りだけど意外と素早く動けそうだなと思った。


「いいッスねー! それいいッスねー! 拙者も大賛成でござる。今日は、大谷氏が拙者たちの新しい仲間になっただけでなく、『異世界(アストリア)』での更なる開拓への歩幅を広げた記念すべき一日になりもうしたでござるなー。それでは、早速参りましょう!」

「うんむ」


 とりあえずの目的地が決まり、今度は小早川と有明が先頭になって歩いた。僕は二人の後をつけて歩いていく。


 歩きながらも周りを見渡すと、辺りは緑にあふれていた。虫の声もそこらじゅうから聞こえてくる。歩くたびに、一面に生え渡る草が脛や膝に当たってその感触すらも楽しいと思えた。


 僕はずっと、引き籠りだった。その僕がこんな緑の豊富な場所を楽し気に歩いているなんて……ちょっと前の僕なら、今のこの話を伝えたとしても到底信じられないだろう。


 でも僕は草木の生い茂る、この『異世界(アストリア)』の大地を歩いている。


 女神像のある丘から見えていた大きな森。そこへ辿り着くと、小早川が元気よく手を挙げて言った。


「よーーし、全体止まれー!!」


 小早川が腕時計を見る。


「まだ19時半を回った所だ。それに仲間も増えた。だから今日はそれを記念し、少しこの森を探索してみようと思う」

「おおーー! ついにでござるな! ついにこの森に足を踏み入れるのでござるな!!」

「ちょ、ちょっと待って」

「なんだ?」

「こ、この世界は魔物がいるんだよね! しかもこんな真っ暗で……僕は、今日初めてここに転移してきたばかりだし危険じゃないかな」


 小早川は僕の言った事を聞いて笑った。そして背負っていたザックから、懐中電灯を取り出すと有明も同じように懐中電灯を取り出してライトを点灯させた。


「大丈夫だ、大丈夫。もう3週間になるが、脅威になるような魔物は見たことがない。きっとあれだ、あれ。ここは始まりの場所なんだ」

「は、始まりの場所?」


 有明が僕の肩をポンと叩いて言った。


「そうでござるよ、大谷氏。拙者も恐ろしい魔物は見てないでござる。たまにウルフの鳴き声と、その姿を遠目にみる事もあるけど、実は襲われた事は一度もないのでござる。RPGでも最初は雑魚敵ばかりでござるし、小早川氏はそれを言っているのでござる」


 本当に大丈夫なんだろうか? 僕もこの世界を色々と見てみたい。怖いけれど、本当にドラゴンとかそういうのが実在するというのなら、危険を冒してでも見てみたい。それにこの先に進めば、エルフとかドワーフとか異世界人に会えるかもしれないし……でも一抹の不安を隠せないでいる。


「あ、あの」

「なんだ?」

「小早川君や、有明君はこの『異世界(アストリア)』の住人にあった事はあるの?」


 二人とも首を左右へ振る。


「我らはまだ女神像の周辺しか調査しておらんからな。だが今日は違う。もう少し、探索の幅を広げてみようと思う。森に入れば川や泉があるかもしれんし、それを見つけれれば今日はそこで食事にしたい」


 確かに魅力的な話だと思った。異世界の森、その奥にある泉。夜でもそこはきっと美しいに違いない。もしかしたらその泉に妖精や、精霊がいるかもしれないんだ。想像は広がる。


 でも、やっぱり不安が過る。僕らがさっきまでいた丘は、遠くまで見渡せて二つの月の明かりで照らされて夜だというのに明るくて心地よかった。だけど今、目の前にしている森は鬱蒼としているし、虫だけじゃなく何か鳥か獣の鳴き声のようなものも聞こえる。真っ暗で……混沌としている。


「大丈夫だ。この辺には危険生物はいない。ウルフ程度なら、我とこの伝説の聖剣で見事に打倒してやるわ。うへは!」


 小早川は、そう言って有明と共に森へ足を踏み入れて言った。一人になると思うと、急に心細くなる。不安に吞まれながらも僕は、二人の後に続いて森に入った。


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