Phase.174 『陰からもう一人』
空には、二つの月。僕達は丘の上にある女神像の前に立っていた。少し風が吹いていて、肌寒さを感じる。上着は持ってはこなかったけれど、着てきたジャージは長袖だったので、寒くてもうだめだっていう程ではなかった。
「そうだ、貴様に紹介をしてやろう」
「あの……」
「なんだ?」
「その……貴様っていう呼び方、やめてくれないかな」
「なんだと? 嫌か?」
首を縦に振る。最初は、貴様呼ばわりされているって思ったけれど、話していくうちに小早川が何かのキャラに影響を受けて言っているのだと解ってきた。だから、悪意はないんだ。だけど……
「うん」
「じゃあ……我は貴様の事をいったいなんと呼べばいいんだ!! うおおおお!!」
「普通でいいんじゃないでござるか?」
まったく気配がしなかったところから、急に知らない声がした。驚いて振り向くと、そこには僕らが転移してきた女神像があった。そしてその女神像の陰から、眼鏡をかけた小太りの男がひょこっと顔を見せる。
「き、君はだれ!?」
「え? 拙者でござるか? 拙者はそのあのえっとその」
せ、拙者!? 一人称が拙者って……やっぱりそれって。
「待てーー!! 我が自らに説明してしんぜよう!! こやつは、我の仲間であり、同じパーティーのメンバーであり、心の同士である男!! 冒険者、有明氏だ!!」
やっぱりだ。小早川の友達だった。僕がここに転移する前に、先にここに来ていて女神像の後ろに隠れていたんだ。
「拙者、有明界と申す者!! ここはひとつ、お見知りおきを!!」
「ど、どうも初めまして。ぼ、僕は大谷です。大谷良継。小早川君に誘われて、今日は一緒にこの『異世界』へ冒険しにやってきました」
「プシシシシ、そう畏まらなくていいでござるよ、大谷氏。拙者も同じ高校、それに同じ学年ですし、おすし」
「お、同じ学校で同じ学年!?」
見たことがない。僕はこの有明界という男を見たことがない。僕の学年は、8クラスもあるから全員把握してはいないけど、間違えなく話したこともない……というか、僕に友達はいなかったな。
でも同じ高校、同じ学年というなら、一目位は見た事があるかも。
でも本当にそうなら、単に僕が気づかなっただけなんだろうけども。小早川が言った。
「驚くのも無理はない! 有明氏は、登校拒否というダークスキルを発動しているからな。それで留年して、歳は我らよりも1年多くとっている!」
「それは言わない約束でござるー!! 恥ずかしいでござるよー!」
「ええい、離れろ! 暑苦しいわ、こいつめ、こいつめ!!」
小早川は、持ってきた槍のようなものの柄の部分で有明を突いた。すると、有明は頬を赤く染めて「おふん、おふん」と言った。僕はその独特なノリに、とてもついていけず固まってしまっていた。すると小早川が言った。
「貴様……じゃない、それじゃ大谷氏。見た所、武器を持っていないな。これを持て」
「これは?」
先程、有明を突いていた槍のようなもの。っていうか、お手製の槍? 丈夫な感じの長い棒の先に、木工用のナイフが紐でぐるぐる巻きにされた後に、テープで何重にも巻いて固定されている。
木工用って……って思ったし、異世界で魔物相手に戦う武器とするなら、それはとてもチープに感じられたけど、確かにこれでも人を刺せば大怪我を負わすどころか命だって奪えるだろう。だからこんなのでも、武器と言えば立派な武器だった。
「我の錬成した古の武器だ。同時に特級品のアイテムでもあり、非常に価値のあるものだが、流石に魔物の徘徊する異世界を、武器も持たせずして連れまわすのはな。だから、くれてやる」
「あ、ありがとう。でも小早川君達は?」
二人は武器も持っているのか効くと、小早川だけでなく有明もニヤリと不敵に笑ってみせた。そしてまず小早川が、帯刀していた剣を引き抜いて見せた。続いて有明も、自分の腰の左右に吊っていたショートソードを抜いて構えてみせる。
「け、剣!! それにショートソードの二刀流!! もしかして二人とも剣術が使えるの!? どこでそれを手に入れたの?」
「大谷氏は質問が多いな。これは我が天界を真っ二つにした際の話だ! その時、我は強力な魔物の軍勢を相手にしてかなり疲弊していた。だがそんな最中……」
訳の解らない小早川の話。こっちに転移してから、かなりテンションがあがっているようだ。ミケさんの店にいた時よりも変な感じがする。話がこじれるので、これには有明が割って入って答えた。
「これは単なる模造刀でござるよ。拙者も小早川氏ももとの世界で、合法的に入手したものでござる」
「え? じゃあ、それって形だけ? 武器にならないんじゃ……」
有明は首を横に振った。そして両手に持つショートソードの模造刀をブンブンと振って見せた。
「模造刀でも、材質がアルミ製のものなどあるでござるが、拙者のこれと小早川氏の剣は鉄製でござる。鋭い刃は無けれども、これで思い切り叩けば骨が折れるし、立派な武器になるでござるよ」
「な、なるほど」
「剣術はこれから実践を織り交ぜて、磨いていく所存。大谷氏と同じでござるん」
本物の剣ではないが、武器にはなる。よく見てみると、確かに二人の持つ剣には鋭い刃のようなものはついてはいなかった。だけど剣先は尖っている。有明は、これで叩けば骨が折れると言っていたけど刺しても十分な殺傷能力があるのではと思った。




