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Phase.173 『自宅』



「ただいまー」

「おかえりなさい、良継」

「今日は晩御飯はいらないから」

「え? 何処かで食べに行くの?」

「ちょっと友達とね。それじゃ、そういう事だから」


 いつもはもっと重く、暗い感じで帰宅する。市原達に暴力を受けて、汚れた服とか身体に痣を作って帰ってくる時もあった。


 母さんは心配をしてくれるけれども、何があったのかあまり深くは聞いてこない。父さんも一緒だった。僕の一家は、争いごとに極めて向いていないのだ。


 もしも僕が我慢の限界を超えて、両親に市原達の事を相談したとしても、きっと父さんも母さんも僕にもっとうまく立ち回れという事しか言わないだろう。


 いや、母さんは逆に市原に謝って許してもらえと言うに決まっている。そう、僕の家系は羊達の一族なのだ。決して、狼には歯向かわない。逃げまどい、気を逆立てさせないようにこそこそと身を隠し、必死で立ち回る。


 僕はそれにもう疲れて、何処かでこの世界に別れを告げるつもりだった。


 だけど、今はそんなつもりはない。この世界で自分の置かれている絶望的な状況よりも、今は『異世界(アストリア)』の事が気になって仕方がない。早くあの異世界へ行きたくてウズウズしている。


 ひょんな事からできた友達……小早川と異世界へ出かける事にワクワクしている。それについては、あの市原にも感謝をしたい。市原に金を要求され、コンビニに行って、そこから逃げて追い回されなければ僕はミケさんとも知り合えず、小早川ともこんな感じに仲良くなり、『異世界(アストリア)』を知ることも行く事もなかったのだから。


 明らかに普段と違った、僕のただいまという声は母さんを十分に驚かしてしまった。僕はいそいそと自室のある二階へとあがる。その手前で思い出したかのように母さんに言った。


「ごめん、それで友達と晩御飯は食べるけど……食べるものは各自用意していくんだ」

「そうなの。それじゃ、ちょっとこれからお弁当を作るわ」

「ありがとう」


 二階へダダダダと激しい音を立ててあがると、僕は自室に入り辺りを見回した。


 武器武器武器。小早川に言われた。武器になるものを何か探さなくちゃ。


 自分の部屋を見回してみる。押し入れも開けてみるけど、これといって武器になるようなものはない。


「うーーん、いざ武器になるものって言われてもな……なかなかないものだな」


 先に着替える事にした。小早川に言われた通り、動きやすいスウェットに着替える。そうだ、タオルとかそういうのもいるかな。


 ザックを出すと、それにタオルとお菓子を詰めてみた。なんだか、だんだんピクニックとかにでも行くかのように思えてきた。


 机の引き出しを開けて調べていくと、どうにかギリギリ武器になりそうなものは見つけた。ハサミ、それにコンパス、あとは……カッターナイフ。武器というよりは、文房具よりのアイテムだ。それでも何もないよりはと、ザックに入れる。


 コンコンッ


「はい」

「良継。お友達と約束って時間は決まっているの?」


 母さんだった。時計を見ると、18時40分になっていた。小早川との約束の時間まであとちょっと。


「もう出るよ」

「そう、それじゃあ、ありあわせだけど別にいいかしら? それならもう用意できるけど」

「なんでもいいよ」


 ザックを背負い、母さんと一緒に1階へ降りるとキッチンへ行った。すると母さんが弁当をサッと作ってくれて、魔法瓶と一緒に用意してくれた。


「これは?」

「ご飯と一緒に飲みなさい。それで帰りは遅いの? 友達と一緒なのよね」

「うん、帰りは遅くなるかもだから起きて待っていなくていいよ」

「そのお友達っていうのは?」

「ああ、Cクラスの小早川秋秀君だよ」

「そう……気を付けていってらっしゃい」

「うん、行ってきます」


 なぜ僕がジャージを着ているのか……それについてはもう母さんは質問をしてこなかった。


 あまりあれやこれや一度に質問責めしても、良くないと思ったのかもしれない。だけど母さんは少し微笑んでいた。ここずっと、ボロボロになっては学校から帰ってくると、部屋に籠る。そんな僕の毎日だったから、誰か友達と外出するなんて心配も当然してくれているだろうけど、同時に同じくらい喜んでくれているのかもしれない。


 僕はザックを背負いスニーカーを履いて家を出る。母さんには、ちょっと遊びに行ってくるだけだからと言って、見送らなくていいからと言った。そして家を出るふりをして、僕のうちの庭陰に身を隠した。


「それじゃ、行ってきます」


 スマホを取り出すと、『アストリア』と文字の入ったアプリを起動する。そして僕は、ミケさんのお店にいた時と同じく、『異世界(アストリア)』へと転移した。


 先に転移した時と同じく、スマホ画面から眩しい位の光が迸り、辺りを包む。それに気づいた母さんが驚いて家から飛び出してくるんじゃないかって不安になったけど、出てくる事はなかった。光は何処までも広がり、そして気が付くと僕は見渡す限り緑の広がる大地に立っていた。


「来たか! 貴様が来るのを待っていたぞ! ワッハッハッハ」


 この声――振り返ると、女神像。そしてその前には小早川秋秀が立って僕を指さしていた。しかもその服装は、黒づくめでなんかゴワゴワしている。更にマントのようなものも身に着けていた。


 中二病全快にしても、高校生でこれは流石に恥ずかしいと思った。


 だけどこの世界は僕がいた日本じゃない。恥ずかしいと思っている僕の方が実は、可笑しく滑稽な存在なのかもしれない。


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