Phase.170 『どちらでも同じ』
そう言えば、小早川秋秀。そんな奴が同期にいた事を思い出す。
話した事も無いし、いつもぶつぶつと何か呟いている小早川の事を僕は、自分と同類だと思った事があった。そう、こいつはオタクなのだ。そして僕と一緒で、アニメやゲームが好き。そして友達がいるようには見えない。
更に付け加えれば、こいつも市原達に目をつけられては虐められていた。トイレで遭遇した事もある。その時は個室に閉じ込められ、上から放水されて水でビショビショにされて小早川は泣き叫んでいたっけ。
なのに、今こいつは僕を相手に凄んでくる。そんな小早川にミケさんが微笑んで言った。
「もう、怒らないでー秋秀くん!」
「お、おおお、お、お、怒ってないよーーう」
「嘘――、今怒ってたじゃん」
「お、おおお、うおおお、怒ってないよーーう。ぼぼぼぼ、僕は怒らない生き物なんだよーう」
「本当にーー?」
「ほほ、本当です! ハイ!」
な、なんだこいつ!! ようやく、小早川の事が解ってきた。こいつ、ミケさんの事が大好きなんだ。それで僕がミケさんと会話していた内容に、耳を澄ませていてサービスして頂いた事とか聞いて腹を立てたのだ。
「それじゃ、仲良くしてね」
「ハイーーー! もちろんですよ、ミケ様!」
「うんうん、それならいいけど。それでさっき私が言った続きなんだけど、異世界へ行ってみる気はあるのかな?」
「異世界って言いますけど……そんなの、ほ、本当にあるんですか?」
「貴様―――!! またミケ様に向かって!!」
「こらこら、怒らない。仲良くしてくれないと、私凄く悲しくなるよ」
「そそそそ、それはいけませぬーー!! いけませぬぞーー!! わ、わかりました!! わかりましたから」
うんうんっと笑顔を見せるミケさん。それに対して鼻の下を伸ばしてデレデレの小早川。
「そ、それなら証明してください。今ここで証明できるんですよね」
「できるよ。それじゃあ、証明してみせちゃおう。だけどそれには一つ、条件があるんだ」
「じょ、条件?」
「良継くん、スマホ持っているよね」
僕はミケさんに「はい」と言って、ポケットの中からスマホを取り出して見せるとテーブルに置いた。ミケさんは続ける。
「異世界へ行く為には、予めスマホに転移アプリを入れてもらうの。それを起動すると、良継くんはいつでも異世界へ行けちゃうんだよ」
そんな事で異世界へ行けるのだろうか? やはりからかわれていると思った。だけどミケさんにお世話になったのも事実だし、どうなるか結末まで見てもいいかなという気持ちにはなっていた。
「解りました。それじゃあ、僕のスマホにその転移アプリを入れてください。でももしも……違ったら、アプリは直ぐにアンインストールしますよ」
ミケさんは軽く息を吐きだすと、僕の目を見つめていった。
「それで条件なんだけど、転移アプリはこの場で直ぐに入れられるんだけど……実は有料なんだ」
「いいですよ。どうせ、明日市原に捕まったら全部取られるんだし」
「ひ、ひい! 市原!!」
市原の名前を聞いて、小早川が急に悲鳴をあげた。
こいつも市原にはかなり虐められているから、不思議でもないリアクション。だけど、その挙動がなんとなくギャグ漫画みたいで、こいつと僕がミケさんに同じ学校の生徒だと思われているのだとしたら、凄い恥ずかしいなあって思った。
だけど僕も同類。小早川は小早川で僕の事を気持ち悪いとか、嫌な奴って思っているのかもしれない。現に絡んできたし。なら、お互い様か。
「そ、それで……いくらなんでしょうか?」
「えへへー、高いよ。なんと10万円」
「じゅ、10万!?」
「うん、高いよね。でも君が本当に求めている世界なら、安いと思える金額だと思うけど。ミケさんの言葉が、嘘偽り無いと考えてみて」
僕はスマホと同様にポケットから10万取り出すと、それをミケさんに手渡した。
怪しすぎるけど、もういいんだ。市原に取られるくらいなら、ミケさんの方がいい。事の最後まで見届けたかった僕は、20万と言われても払うつもりだった。
ミケさんは僕から現金と僕のスマホを受け取ると、「ちょっと待っていてね」と言って、店の奥へ消えていった。ミルクティーを飲みながら待っていると、僕の目の前の席に小早川が座った。
「な、なに?」
「ここで会ったとの何かの縁だ。我が異世界への案内人になってやろうと思ってな」
なんだ、こいつ!? オタクな上に中二病でもあるのかと思った。僕もゲームで名前を付けたりする時に、中二病っぽさ爆発だったりするけれど、流石に小早川みたいに態度には出さない。
「どうだ? 我と異世界へと羽ばたいてみるか? 誘われてみるか」
「はあ!? さっきからそれ、いったいなんのつもり……」
「ハーーイ、良継くん! 終わったよー。それじゃ早速、使ってみる?」
「は、はあ。でも異世界なんて本当にある訳……」
ミケさんにいきなり手を握られてドキリとした。心臓が口から飛び出しそうになる。そのまま手を引っ張られ、立ち上がらせられるとスマホを渡された。
「今、店内は丁度関係者しかいないから、ここで起動してもいいよ。秋秀くん、ついていってあげるんでしょ? 友達だもんね」
「ハイーー! 大谷君とは友達でっす! この我にお任せくださいまっせ!」
な、なにを調子のいいことを……っと思っていると、小早川もスマホを取り出した。そしてアプリを起動する。
「我は準備ができたぞ。ほら、貴様もアプリを起動してそれを我に見せたまえ。我が設定してやろう。でないと、我々はそれぞれ別々の場所に転移してしまうからな」
なんか本当に変な宗教にでも勧誘されているかのように思えてきた。でもここまで来たら、最後まで付き合ってどうなるか見届けてやればいい。
それでミケさんも小早川も……それに僕自身が納得する。




