Phase.17 『川』
水のせせらぎ。森の中に川はあった。
水の流れは勢いがあって、渓流といった感じ。川幅は広い所で4~5メートル位はある。水の色が深い緑のようになっている所は深さがあるのだろう。これならきっと魚も沢山いる。
川の近くまで寄っていく。辺りは草木が生い茂っていて川の周りには石が多く転がっていた。大きい石の上に跳び乗り、屈んで川の中を覗いて見た。
――うお! やっぱり魚がいる。テンションがあがる。
「これは……あれだな。次、こっちへ来るときは、釣り竿を準備する必要があるな」
釣りなんて子供の時以来だ。上京してからなんて、一度も行った事はない。……いや、昔アルバイトをしていた頃に、バイト先の先輩に誘われて皆で新木場の方へ海釣りをしに行った事はあったか。
次こっちへ来るときに釣り竿を準備してきて、この川で魚を釣ってみよう。そんな事を考えるとなんだかワクワクした。
もしも働かなくても生きていけると言うのなら、きっと俺は家に籠ってゲーム三昧の人生を送るだろう。きっと自宅警備員だっただろう。そう思っていた。そう思っていたが、実は違うようだ。この異世界へやってきてから、恐ろしい目にもあったし死ぬ思いもしたけれど、なぜだか今の俺は生き生きとしている。
遥か昔、人間は狩猟したり毎日サバイバルをして生きていた生き物なのだ。その血が俺の中にも少しは流れていて、それが猛っているのかもしれない。
両手で川の水を掬うと、早速口へ運んで飲んでみた。いきなり、得体も知れない異世界の川の水を飲むのもどうかと思うかもしれないが、俺は既に井戸の水を飲んでいたのでなんとも思わなくなっていた。
ごくごくごく……
!!
「うめえなっ!! めちゃくちゃ美味い!!」
井戸の水を飲んだ時、うん飲めるっていう位の普通の味だった。だけど、川の水は物凄く美味しいと思った。
凄く冷えているし、酸素が沢山入っている……そんな感じ。流れが強く、冷たい水は安全な水って聞いた事もある。それだけ、水がとめどなく流れているので綺麗な水なのだと。
目を凝らして見てみると川の中には、魚の他にも生物がいた。タニシのような巻貝に、泳いでいる魚とは別の川底にへばりついているハゼのような魚。小さな親指の爪位の大きさの蟹もいた。
「……うん。いい場所じゃないか、ここは。この異世界の事はまだぜんぜんどんな世界か解らないし謎ばかりだけど、色々と調査する為に拠点にするなら、やっぱりあの小屋は最適な場所だったな」
川の水で、豪快にジャバジャバと顔を洗った。タオルで顔を拭うと、立ち上がり集めた薪を拾いあげる。そろそろ昼も近いし、一度小屋へ戻ろうと思った。
すると、川の向こう側の草がガサガサと動いた。聞いた事もないような声も聞こえた気がして、俺は直ぐに川の近くの生い茂った草場の陰に身を隠す。
草の合間から、声のした方覗き見る。
ギャギャッ!
ギャーーッ!
ギャッハッハ!
すると、川の向こう側――そこには、とても信じられない生き物がいた。
なんとゴブリンだ!! ゴブリンとは、人間の子供位の背丈の小鬼だ。小鬼の魔物。ゲームなんかじゃ棍棒や剣、槍などを持っていて人間を襲う。そしてその性格は残忍。それが目の前に3匹もいる。
俺は思わず叫びそうになる位に驚いたが、気づかれまいと我慢し観察を続ける。3匹のゴブリンは、それぞれ槍や棍棒などの武器を持っている。やはり、本物のゴブリンだ。口からは、大きな牙が2本はみ出していて、頭にはとても小さな2本の角が生えている。
ギャギギーー!!
ギャッハッハ!!
何を言っているのかは解らないが、1匹のゴブリンが何か言ってそれを聞いた他のゴブリンが笑っているのは、解った。
ゴブリンの腰の辺りをみると、既に息絶えた兎がぶら下げられていた。どうやら、ゴブリン達もこの森に狩りをしにやってきたのだろう。もしも、今見つかったら俺も狩られるのだろうか。ゴブリンっていうのは、創作からの知識だけしかないけど、俺の知る限りはだいたい冷酷で残虐性の高い魔物だ。
身を隠して様子を見ていると、1匹のゴブリンが急に険しい顔をした。すると、他のゴブリンにもそれが伝わる。険しい顔をしたゴブリンは身を低くし、向こうの方へゆっくりと歩くといきなり槍を投げた。
ピーーーッ
何か動物の悲鳴。どうやら、鹿を仕留めたようだった。俺なんかより、遥かに上手い槍投げを見て俺は戦慄を覚えた。もし今、見つかったら俺は殺されるだろう。でももしかしたら、気のいいゴブリンだったっていう可能性もあるかもしれない。
するとゴブリン達は自分達が仕留めた鹿のもとに駆けて行き、手に持つ剣や槍で鹿の身体を突き刺した。鹿の悲鳴。ゴブリン達の笑い声。
なぜか、暫く鹿の悲鳴は続いた。そして、やっと鹿の悲鳴が聞こえなくなると、ゴブリン達は3匹仲良く鹿を担いで何処か森の中へ去って行った。
ゴブリン達は、もしかしたら気のいいゴブリンかもしれない。僅かに望みをかけて一瞬願ったけど、それが誤りだと思い知らされた。暫く鹿の悲鳴が聞こえてきていたのは、ゴブリン達が仕留めた鹿にとどめをなかなか刺さずにいたぶって遊んでいた事を意味している。
俺は急に気分が悪くなる。もう一度、川でさっと顔を洗うと、集めた大量の薪を担いで逃げるように急いで小屋へと戻った。




