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Phase.163 『贅沢な時間』



 拠点を巡回して回った。俺のいない間に鈴森や長野さんなど、他の者が拠点内を見回って異常が無いかなど見てくれてはいるようだけど、既にこれは俺の日課になっていた。


 仲間を信じていない訳ではないけれど、1人よりも2人。2人よりも更に複数で警戒した方が、いいに決まっている。


 ここを拠点にすると決めてから、できる限りそれは続けているつもりだったけれど、それでもゴブリンの集団に拠点を責められて、柵の内側まで入ってこられた。だから、用心に越したことはない。そう思った。


 ゴブリンの集団が拠点北側、川エリアの向こうと草原エリアのニ方向から襲撃してきたあの日から、早くも二日たった。


 そう、あれからまだ二日。だけど早くも拠点は、慌ただしい感じになってきている。皆にとっても、日曜日の事は衝撃的だったのだろう。


 だけど拠点内までゴブリンに侵入される程の惨事になったけれど、怪我人は出たもののよく死者がでなかったと思った。


 堅吾がゴブリンとの戦闘でやられ、丸太小屋の前で不死宮さんが倒れていたのを目撃した時は、血の気が引いた。だけど二人共無事で良かった。


 それもあってか、ゴブリンが襲撃してきた後に、すぐ柵の強化が更にされていた。成田さんとも話し合っていたが、木で作った柵や有刺鉄線の他、トタンなども使用していて柵というよりは、かなり壁に近い形に作り直し始めていた。


 そして各エリアに男女別トイレの設置。かなり簡易的なものだけど、ホームセンターで買ってきたという板が使用されており、用を足す際にはちゃんと目隠しされていている。おまけに屋根もあって、雨避けもできている。


 あと他にもびっくりする事があった。


 草原エリアに小屋が一つと、畑がいくつか作られていた。こっちの方が広くて畑が作りやすいと考えて、未玖達が作ったのだそうだ。だけど井戸や川から少し離れているエリアなので、当分は芋類など水をそれ程必要としない作物を育ててみるみたいだ。


 あともう一つ。丸太小屋エリアに大きな風呂場ができた事だった。風呂は、相変わらずドラム缶風呂。だけど風呂場のエリアを広げて、ドラム缶の数を増やしたのだ。成田さんはそのうち、大きなちゃんとした風呂をここに作ると言っていた。本当にそんなものを作れるのかとも思ったけど、作れるのならかなり楽しみだ。


 また、もとの世界へ戻る事のできない【喪失者(ロストパーソン)】からしてみれば、ここに風呂ができればその喜びはかなりのものになるだろう。俺や翔太たちも協力は惜しまないので是非、風呂設備をもっといいものにしようと賛成した。


 しかし、皆よく拠点の為に頑張って働いてくれていると思う。かなりここも住みよい場所になってきたけれど、それは未玖や鈴森、長野さんや小貫さん達留守組の力によるものが大きい。平日は俺、翔太、北上さん、大井さんには仕事があるから……


 色々とこれまでの事や、これからの事を考えながら拠点内を歩き回っていると、川エリアに来ていた。


 二つのテントが目に入る。あれは翔太と鈴森のテントか。あれ、もう一つテントがあるな。誰のテントか考えていると、そのテントの隣に生えている大きな木に何本もの釣り竿が立てかけられていて、それを見て解った。


 最上さんのテントか。


 彼は釣りが大好きだと言っていた。なるほど、それでここに住もうと決めたんだな。


 テントではなく、川の方へ近づいて行く。辺りは真っ暗。翔太も鈴森も何処か、別のエリアに行っているのかもしれない。まあ拠点内では、基本的に行動は自由だ。別に不思議な事はない。


 懐中電灯で川を照らすと、魚が跳ねた。


 バシャッ


「うわっ! びっくりした!」

「うわー! びっくりしたー!」


 声をあげると、誰かが直ぐ後ろで同じような声をあげた。驚いて振り向き、懐中電灯で照らすと、テントの中から最上さんが顔を出してこちらを見ていた。


「も、最上さんか!」

「椎名さん! いきなり声がしたから驚いたよ。もう、こっちに来ていたんだね」

「ああ、定時で仕事が終わってこっちに来ると、だいたいこの時間なんだ。それで……ここにいるのは、最上さんだけなのか?」

「うん、今は僕だけ。秋山君と鈴森君は、丸太小屋エリアの方へちょっと行ってくるって言っていたからね。ぼかあ、この川エリアの留守番かな」


 一昨日、この川エリアの北からゴブリンの集団が襲ってきたばかりなのに、ここに今は最上さん一人だけかと思った。


 まあ、拠点内での行動は基本的には各自自由だし、翔太たちも直ぐここへ戻って来るつもりなのだろう。それなら……それまで暫く、最上さんとここにいよう。


 川の流れる音。俺は川辺に降りると、そこにあった丁度いい大きさの石に腰かけた。懐中電灯で辺りを照らす。


「そう言えば、さっき魚が跳ねた」

 

 テントの方にいる最上さんに聞こえる声でそう言うと、最上さんは釣り竿と道具をもって俺のいる川辺の方へいそいそとやってきた。もしかして、これから釣りをする?


「あ! 椎名さんも魚の跳ねるの見た? どうやら、ここの渓流なんだけど、少なくとも5種類以上の魚が生息しているみたいなんだ」

「それは多いのか?」

「多いと思うよ。海や湖ならまああれだけど、こんな渓流ならね。それに椎名さんが今見た跳ねた魚は、夜行性の魚みたいだよ。昼に泳いでいたのと形状が違うみたいだし、陽が落ちてからこうやって跳ねたり急に活発化してきたから」

「夜行性の魚……」

「良かったら、僕と一緒に並んで釣りでもするかい? 平日……っていうか、夜はどうせ、拠点の外には出ない事に決めているんだろ?」

「そうだね」


 釣りか。そう言えばこの川を始めて見つけた時に、絶対釣り竿を持ってこようと思っていた。だけど色々とありすぎて、未だに持ってきていない事に気づいた。


 俺は最上さんが、差し出してきた釣り竿と釣り道具を受け取った。


 夜釣りか。なんとも、贅沢だ。

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