Phase.162 『バウンティ その2』
――――火曜日、夜。『異世界』にて。
昨日はバタバタした一日だった。仕事が終わるやいなや、俺と翔太と鈴森、それに北上さんと大井さんは、長野さんに案内してもらって三鷹にある銃などの武器を扱っているお店に連れて行ってもらった。
その店の名前は、『レザボアドッグス』。店主の九条誠さんが、大好きな映画作品から名前を取ったのだそうだ。
店は、三鷹駅から井之頭公園の方へ向かう途中、住宅街の中にあった。普通の家を利用した店で、地下1階が店舗になっている。
店の中に入ると、造りは凄く落ち着いた感じの喫茶店&Barになっていた。そこで俺達は、長野さんの親しい知り合いであり、銃などの武器を取引したこともある店主の九条さんに会わせてもらって、今後取引してもらえるよう話をつけてもらった。
更にそこに偶然居合わせた、『異世界』転移アプリの運営側の人間、ゴスロリのツルギさんと出会い『バウンティハンター』なる新サービスについての話を聞いた。
バウンティハンターと言うのは、要はゲームでもよくあるヤツ。特定の魔物を倒して、報酬を得るというもの。
『アストリア』のアプリを起動して標的の魔物を探して、そいつを倒して運営に報告するとご丁寧にもとの世界の銀行口座に報酬が振り込まれる。
俺達は、とりあえずそのことを他のクランメンバーにも知らせて、今後の事も含めて色々考えてみる事にした。
あれから帰宅し、『異世界』に転移したのは、23時を回っていた。だから昨日はほとんど、『異世界』での活動を何もしていない。
日曜日にゴブリンの群れに拠点を襲われたばかりなので、俺達が留守の間に拠点に何も異常が無かったか気になっていたが、何もなかったみたいで良かった。
いや、異常というか変化はあったかな。
成田さんや最上さん、それに松倉君や三条さんに出羽さんなど、皆あのゴブリンの群れが襲撃してきた事があってから、拠点の防衛について色々と考えを出して、拠点の強化に力を入れ始めているようだ。
ふと目をやると有刺鉄線に加えて、兼ねてから言っていたトタンや分厚い板なども、もとの世界から運ばれてきている。
それで、バリケードをかなり強化していた。特にスタートエリア周辺に至っては、以前にも増してかなりしっかりした柵に作り替えられている。このままいけば、そのうちブロック塀になりそうだなと思った。
とりあえず皆に、銃と九条さんの話はしたし、銃の入手も各々で判断して所持も自由。バウンティハンターに登録するかどうかも、クランとしては、個々の自由という事でいいんじゃないかと判断したのでそれを皆に伝えた。
そして俺は、今日は『異世界』に転移してくるなり、脇目もふらずにスタートエリアの南側に来ている。丸太小屋や井戸、そして薬草畑などあるのが北側で、南東が森路エリア。
柵の向こうに張っている有刺鉄線、更にその向こうにある森をじっと眺めていた。すると後ろから誰かがやってきた。
「椎名さん」
「ああ、小貫さん」
「桧垣君の傷は、大丈夫だったみたいだよ。もう彼は、元気に動き回っている」
「え? 本当に! それは凄いな」
一昨日、この拠点を大勢のゴブリンに襲撃された時に俺や堅吾は、川エリアにいてその北側から攻めてきたゴブリン達に対して打って出た。その時に、堅吾は負傷したのだ。
トモマサに拠点まで背負ってもらい、未玖や大井さん達に治療を頼んだ。
「不死宮さんも、もう元気のようだ。これも椎名さんや未玖ちゃん、それに和希が色々な薬草を見つけてここで育ててくれたお陰だ。もちろんエイドキットなど準備していたものも役に立ったけど、異世界の薬草の効力はやはり凄い。止血に優れていると聞いていたヒモッタスト草なんかは、桧垣君の出血を直ぐに止めてくれたと聞いたよ」
「それは本当に凄い。やっぱり、そんな凄い薬草やらがこの世界にあるのなら、調査は続けないといけないな。もちろん拠点の外は、内側以上に危険だからそれに伴って準備をしなくちゃだけど」
「……銃か」
小貫さんにも、とうぜん昨日の話はしている。
「椎名さんは、それで銃を買う予定なのか?」
「ああ、欲しいとは考えている。一昨日、ここへゴブリンの群れが攻めてきた時に、長野さんの強さは圧倒的だった。それは、散弾銃やハンドガンを持っていたからだ。銃は、あってこまるものじゃないしな」
小貫さんは俺がそう言った事に対して、何度か頷いて見せた。
「俺も欲しい。もちろん身を守る為にってのもあるが、銃があれば俺は復讐する事ができる」
あの佐竹さん達の命を奪った、軽自動車並みにでかいというブルボアの事だと思った。
「佐竹や戸村や須田の敵を、俺は討ちたいんだよ。でも正直、俺一人じゃ無理だ。佐竹達と4人でもまったく叶わなかったんだから」
「だから、銃っていう強力な武器が欲しいのか」
頷く小貫さん。
「だけど、難しそうだ。俺はスマホを失った【喪失者】だ。元の世界へ転移できない俺は、その三鷹にあるという店で銃を買ってはこれない」
「それについては問題ない。俺が小貫さんの代わりに買ってくればいい。しかもその店の九条さんは、その場で銃は渡さないと言っていた。直接『異世界』へ送るって」
「ほ、本当か」
「本当だ。だが銃は、かなり高額だったけど」
「…………金か。でも例の椎名さんが、銃の話と一緒に話してくれた話」
「そうだ。これを見てくれ」
そう言って俺はスマホを取り出してアプリを起動させて小貫さんに見せた。
そう俺は昨日、九条さんとツルギさんに会った後から今日半日考えて決断をした。結局俺は、バウンティハンターに登録したのだ。
それを小貫さんに見せて知らせた。
金になる魔物を見つけて狩れば、あっという間に金が手に入る。
これを繰り返せば、銃だけじゃない。俺はもう自分の惰性で続けているあの会社を退職して、『異世界』に自分のすべての時間を捧げられるのではないかと思っていた。




