Phase.16 『動く岩』
森の中は、木漏れ日が差し込みとても明るかった。俺の知っているあの夜の森とは、まったく違う。
「目に見える訳じゃないけど、マイナスイオンが爆裂してるな」
独り馬鹿な事を呟いて、クスリと笑い足元に注意しながら森を歩く。所々に薪に使えそうな木が落ちていたので、それを拾いつつも水の音を気にしながら歩いた。水の音が僅かでもすれば間違いなく川があるはず。
川があれば、そのサイズにもよるけど魚がいるかもしれないし、辿っていけば水源や海に出るかもしれない。兎に角、見つけて置いて損はない。
薪を集めつつも森の中を散策していると、木の幹や枝の上を器用に走り回る動物を見つけた。栗鼠だ。そして、何か小さな赤い実が実っている木も見つけた。その木には沢山の鳥がとまっていて、その実を啄んでいる。
この森は緑だけでなく動物も溢れていると思った。
「ん? なんだあれは?」
すると今度は変なものを見つけた。岩が……岩が動いている!!
俺は頭を少し低くすると、慎重にゆっくりとその岩に近づいてみた。すると、その動く岩の足元というのだろうか……そこには、無数の石でできた爪のようなものが岩から生えており、それがワシャワシャと動いて動いていた。岩が自力で、前進している。
「な、なんだよこれ……」
岩の前進している方へ回る。進行方向が、岩の正面だと思ったからだ。
すると、岩にはぎょろっとした目玉が八つもあり、それらが俺の顔を見た。
「うわあああっ!!」
俺は想像だにしなかったその化物のような生物に驚き、その場で腰を抜かした。
「うわあああ……な、なんだこいつは……」
ギチギチギチギチ……
化物……八つの目玉のある岩の生物、こんな生き物はもとの世界には存在しない。化物というか、魔物だと思った。
「うっ! く、くるな!!」
慌てて槍を手に取り、動く岩の方へ向けた。どう見ても岩だった。こんな奴に槍が通じるのだろうか? 跳びかかってきたらそれだけで、俺は潰されるんじゃないだろうか。
だとしたら、直ぐに立ち上がって距離を取らなければ!!
そう思って立ち上がろうとしたが、恐怖で足が震え再びすっころんでしまった。
「うわああああ!!」
やられる!! 慌ててもう一度、岩の方を振り返った。すると、動く岩の魔物は俺の事なんて特に気にしている様子もなく、何処かへゆっくりと移動し続けていた。
「は……?」
ゆっくりと立ち上がって尻についた土を払う。そして、また岩の魔物に近づいてみた。正面にもう一度回ってみると、また八つの目玉と目があった。しかし、岩はそのまま俺の事を無視して進み続けている。
ギチギチギチギチ……
「な、なんだよ……」
もう少し岩に近づいてみた。そして、手をゆっくりと伸ばしてみる。
「…………も、もしかして無害な奴か?」
触れてみる。岩の表面は少し、緑色になっているなと思っていたけけどそれは苔だった。岩の魔物の身体には苔があちらこちらに生えている。
身体にも触ってみたが、どう考えても岩そのものだった。
それから岩は、俺の事を無視して真っ直ぐに何処かへ直進して行ってしまった。
「なんて変わった生物だ……」
あの八つの目玉は俺を確実に捉えていた。だから、あいつも俺の事を変わった生物だと思っていたのかもしれない。そう思うと、なんだかおかしくなってきた。そして、ちょっとだけだけどあのヘンテコな岩の魔物が可愛らしく思えた。
また暫く森の中を歩いて薪を集めていると、鹿を見つけた。俺は直ぐに身を低くして草場の陰に隠れた。
「鹿か。そう言えば、この異世界へ初めてやって来た時にも、草原で何匹もの鹿にあったな。狼共は、あの時鹿を狩ろうとしていたのかもしれない」
自分で作った自作の槍を強く握る。
一応、こっちで食べる為にクーラーボックスにも肉やら入れて持ってきたけど、土曜に来て帰るのは来週の木曜の朝だ。冷蔵庫が無い以上、とてもそこまで肉を新鮮に保っていられない。それで、缶詰やらカップ麺やらレトルト食品も持ってきているけど……俺が狩りをする事ができたら、最終日まで肉を食べる事ができる。
ハマっていたテレビゲームの中に、狩りゲーというものもあった。モンスターを狩って、それを喰ったりその爪とか鱗とか素材を使って武器や装備を作るゲーム。それにハマっていた時期もあったので、実際にやった事はないけど自分で狩りをしてみたいとも思っていた時があった。そういうのをジビエって言ったっけか?
俺は槍を片手で握り直し、槍投げをする体勢を作りこっそりと息を殺しながらも鹿に近づいていった。よく見ると、鹿は5匹もいる。これなら1匹位、俺にでも狩れるかもしれない。
ガサッ
草の音、鹿たちの耳が一斉にピンと立った。駄目だ、気づかれた。俺はいきなり立ち上がって鹿の方へ目掛けて思い切り槍を放った。
「ったあああああ!!」
しかし、鹿たちは一斉に俺の投げた槍を察知してよけると、四散して森のもっと奥の方へ逃げて行った。
俺は自分の槍を回収すると、溜息をついて小屋に戻る事にした。すると、すぐ近くの方で水の音がするのを感じた。水のせせらぎ。
「水の音が確かにするぞ! やった、きっと川があるぞ!」
やはり、この森には川があった。しかも小屋からそう離れていない場所にある。俺は川がある事を確かめる為に、水音のする方へ歩を進めた。




