Phase.156 『三鷹 その1』
――――月曜日。
今日から平日。また週末まで働かなくてはならない。気が重い。
でも最近、もとの世界での生活と『異世界』での世界の毎日を繰り返しているうちに、なんだか自身が覚醒してきているというか、ずっと興奮しているような感覚が続いていた。
それは別にいいと思うけれど、ある日急にそれがプツっと切れて疲労や、最近ずっとそうなんだけど睡眠不足で倒れたりしないかと不安になった。
「ユキーー。おはよう!」
「おはよう!」
「おはよーう、椎名さんに秋山君!」
「おはよう、椎名さん、秋山君」
「あっ、北上さんに大井さん。おはよう」
いつものように会社に出勤し、そして夕方には仕事を終える。そこまではどうという事もなく一緒で、それ以外でこれまでとは、大きく変わった事。
それはランチだった。昼休みになると、いつもは俺と翔太の二人で何処か、高円寺にある飲食店に繰り出していた。けれど最近では、そこに北上さんと大井さんも加わって4人でランチする感じになった。
そのことに課長の山根は、かなり驚いている様子だったけど、俺達は別に気にしてない。山根的には、俺達がなんかそういう感じの仲になっているんじゃないかとか、勘ぐっている様子も見て取れたけれど、そんなの勝手に思わせておけばいい。
俺達の間柄は、山根が考えているようなその程度のものじゃない。俺達は、クラン『勇者連合』の仲間なのだから。
仕事が終わると、4人で三鷹駅へと向かった。職場のある高円寺からは5駅。うちへ帰る方とは逆方向になる。
4人で中央線、電車に乗って移動をしていると、翔太がニヤニヤしながら言った。っていうか、会社を出てからこの男は、ずっとニヤついている感じがする。
「なんかさー、なんかさー、今の俺達って他人にどう見られてるんだろう?」
「え? 何が?」
北上さんがキョトンとした顔で言った。大井さんはその後ろから、二人のやり取りを見ている。
「男2に女2だろ。端から見て、ぜってー俺達付き合っているって思われているよな。ハハハハ、ウヘヘ」
「やだー、それだったら、私は椎名さんの方がいいな」
「それなら私も椎名さんがいいかな」
北上さんと大井さんは、俺を左右から挟んで腕を掴んだ。
おいおいおい、これでには流石にどうしていいか解らない!! そして動けない。二人の身体が俺に密着していた。変に動いて、二人の身体に俺から触れてしまうような事になれば……冤罪というワードが脳裏にちらつく。
翔太は口を尖らせて、怒った。
「このこのこのー!! そんなの酷いや、ユキー一人で美女二人も侍らすなんてそんなのずるいぞ!! 俺にも一人あげておくれよー!!」
「嫌よっ! 私は秋山君より、椎名さんがいい!」
「わ、私もよ。私も椎名さんかな」
「くっそー、ユキーめ!!」
「え? いや、その!」
人生でこんなにもてたのなんて、いつ以来だろうか。幼稚園? いや、それも俺の勝手な妄想かもしれない。まいった、どうしよう。北上さんも大井さんも、びっくりする位に可愛くて……もう思い残すことはない。
……っとは思ったものの、『異世界』に未玖を残してきているので、そうもいかないなと思って笑った。
「あああーーー!! 笑ってやがるぜ、この男はよおお!! そういえば、ユキーってムッツリなんだよ! 知ってるか、美幸ちゃん、海ちゃん!! この男はいつもは紳士ぶってやがるが、実は超がつくほどのムッツリ野郎なんだぜ。なっ、そうだろユキー」
「うるせーよ、電車の中なんだからな。もう少し、ボリューム落とせ」
「なんだよ、なんだよ。まったく大人ぶりやがってー」
「大人なんだよ。俺もお前も31だろーがよ」
翔太とのやり取りを聞いて、北上さんも大井さんも笑う。そして、北上さんが翔太に言った。
「それじゃあさ、秋山君はムッツリじゃないの?」
「え、俺? そうさな……ムッツリ……っていうか、ガッツリ?」
俺と北上さんは、そんな翔太をしらーーっとした目で見つめた。でも意外な事に、この4人で一番真面目な感じの大井さんが大笑いしていた。
三鷹駅に到着。南口の改札を出ると、そこで見知った顔がいた。鈴森孫一と、なんと長野さんだ。長野さんに関しては、『異世界』でしか会った事がないから不思議な感覚だった。でもそれは、長野さんだって同じこと。
「お疲れ様です。お待たせしました長野さん、鈴森」
「いや、儂らもついさっき来たところだから、気にしないでくれ」
長野さんは、とてもお洒落な服装だった。しかもハンチング帽を被っている。俺と翔太が仕事帰りでスーツを着ているし、北上さんと大井さんもそういう仕事服なので傍から見たら、俺達は長野さんの会社の社員で、その長野さんは俺達部下を引率している社長に見えるかもしれないと思って可笑しくなった。
鈴森も、思ったより普通な感じで良かった。てっきり『異世界』同様に、迷彩で来る可能性もあるかもと思ったけれど、でも意外と普通。そう言えば、最初にはこっちで会ってたっけ。秋葉原の事を思い出す。
でも鈴森は『異世界』では、長い髪の毛を後ろで束ねているけど、こっちではそうはしていない。眼鏡をかけたロン毛の兄ちゃんって感じだった。
なんか、とても面白い。
『異世界』は、危険な世界で油断すればたちまち大変な事になって死ぬかもしれない。
だけどあの美しく幻想的な世界、そしてそこで出会った仲間達の事を考えると、今すぐにでも『異世界』へまた戻りたいと思った。




