Phase.15 『冒険の第一歩』
――9時。天気は快晴。すっかり気持ちの良い朝になっていた。
大量に買った掃除グッズに洗剤。もとから小屋にあった穴のあいた鍋のようなものに欠けた器、なんだかよく解らない木片など――小屋内に散乱していたものを外へ出して、小屋から少し離れた場所に積み上げた。もちろん、寝室にあったベッドのマットレスと布団も――
表に出す時に恐る恐る確認したけど、あの布団にくっついていた野球のボール位の巨大ダニは、殺虫スモークでちゃんと死滅していた。直接触るのは怖かったので、ホウキとチリトリを使って全部表に出した。
……しかし、見れば見る程気持ち悪い。本当に馬鹿でかいダニだ。こんなのに吸血されたら、どうなってしまうんだ?
少しずつ水漏れはしていたけど、なんとか使えそうな木で作った大きめの桶があったので、それに井戸の水を汲んで水を張り、それを使って小屋内やウッドデッキなどの拭き掃除も終えた。
今はもう、あれだけ感じていた埃っぽさもない。
「あーー。なんとか、終わったな。腰がいてーー」
夜中から作業を始めて今やっと終わったけど、その間魔物に襲われるなどというようなアクシデントは無かった。
一応狼の群れがまたやってくるかもしれないと思って、常に耳に意識を集中していたけど特に何も起きなかった。
しかし、年末などに自分の部屋だってここまで本格的に掃除したりはしないのに……兎に角、今は自分を誉めてやりたい。特に、トイレの掃除は大変だった。トイレは、当然水洗式な訳もなくボットンって奴だった。
トイレの真下にある汚物を溜める底の深い桶は、何度も洗って何度もしつこい位に消毒した。蟲も色々と湧いていたかもしれない。ネットで調べて超強力な殺虫スモークを持っては来てみたけど、大正解だったな。
残りは、小屋内の物置。あそこは、なんだか面白そうな物がありそうなので、また後程ゆっくりと見てみようと思う。
ぐーーーーーっ
腹が鳴った。
「あれから何時間もノンストップで働き詰めだったからな。それじゃ、朝飯にするかな」
もとの世界から持ってきた荷物は全てもう小屋内に運び込んでいた。小屋に入り、荷物をゴソゴソと漁って必要なものを小屋内にある大きなウッドテーブルの上に出して広げる。
カセットコンロとガスボンベを取り出してセットする。ステンレス製のマグカップにインスタントコーヒーを入れて、飲み物はよし。スーパーで購入した菓子パンを二つ持って小屋を出ると、草を抜いて整備した地面にカセットコンロと共に置いた。それに井戸の水を入れた手鍋を乗せて火を点ける。
小鳥の囀りに、温かい日差し。小屋の周辺を見渡すと、兎が跳びはねていた。森の方も、何かがいる気配。鹿だろうか……
お湯が沸くと、まずインスタントコーヒーを入れて飲んだ。
「うまーー。なんて、美味い珈琲なんだ」
いつも飲んでいるインスタントコーヒーなのに、格別に感じる。家でゲームコントローラーを握りながらお菓子を貪りながらも飲んでいる珈琲と同じなのに、ここで飲む珈琲は最高の味がした。
こんな自然が豊富に溢れている所、それに夜もあけないうちからずっと頑張って作業をしていたので、それを終えた達成感なども合わさって珈琲の旨味がぐんと跳ね上がっているのだろう。
菓子パンをモグモグと食べる。う、美味い! やはり、労働のあとの飯は美味いな。
あっという間に菓子パン二つを食べ終わる。
「さてと、それじゃ今の明るいうちにちょっと薪でも集めておくかな」
今はまだ朝だが、夜になれば小屋からは出ない方がいいだろう。草原地帯でもあれだけの目にあったのだから、森なんてもっと危険だ。そう思うとあの日、よく俺は森に逃げ込んで無事この小屋まで走ってくる事ができたなと思った。
小屋の扉を見る。小屋の掃除をしていた時に、ついでに内側外側、両側共に鍵をつけた。金具を取り付け、それに錠前をかけるだけの簡単なものだけどそれでもないよりは遥かにいい。
小屋に入ると、普通サイズのザックを取り出してそれにタオルとお茶の入ったペットボトルを入れる。悩んだがあまり物を持って薪拾いというのもあれなので、木刀は小屋に置いておく事にした。そして、お手製の槍を手に持つと、小屋を出て周囲を囲む森を見渡した。
薪拾い――カセットコンロと十分な量のガスボンベは持ってきたけれど、これからこの世界にも慣れて行かないといけないし、やっぱり折角こんな場所にいるのだから焚火もしてみたい。
小屋からはあまり離れないようにして、薪拾いついでに森の中を散策してみれば、この辺の事もよく解って一石二鳥だな。
よく考えてみれば俺は、あの女神像がある草原地帯からこの森に入り、真っ直ぐここの小屋までしか世界を知らない。だから、自分の拠点にする丸太小屋周辺の調査は必要な事だと思う。
ついでに、もし川を見つける事ができればもっといい。これだけ草木が生えていて、動物も沢山いる森なんだから絶対に川もあるはず。動物だって生きていく為には、水は必要なものだから。
「よしっ! それじゃちょっとだけ冒険に出掛けてみるか!」
小屋の鍵は悩んだがかけない事にした。もしも狼の群れとか何かに遭遇して追われた場合、ここまで逃げ帰ってこなければならない。その時に鍵がかかっていたら開錠している間に、俺は魔物に捕まって殺される可能性がある。鍵はダイヤル錠だったし、解錠にはそれに伴う時間がかかる。
小屋の扉だけ閉めると、俺はお手製の槍を片手に森の方へと歩き出した。
折角なので、女神像のある草原の方とは逆方向の森へと足を踏み入れてみる。これこそが、この異世界『アストリア』での俺の記念すべき冒険の第一歩だった。




