Phase.143 『保護はしない』
「最上光です。こっちにいる時にケータイを壊してしまってね、それで彷徨っていた所を長野さんに救ってもらいました。因みに趣味は、釣りです。もちろんこんな異世界へ来るくらいだから、ゲームも大好きです」
「出羽景子です。私も最上さんと一緒です。友達とこっちへ転移してきていましたが途中、魔物に襲われて……友達は行方不明、逃げる時にスマホも落としてしまって……それで長野さんと出会いました」
「押忍! 桧垣堅吾ッス! 勢新流空手二段の空手家ッス! 最上さんや出羽さんと一緒ッス。同じ道場の仲間と修行のつもりで『異世界』にやってきたんスけど……この通りッスわ。長野さんに出会わなければ、確実に餓死してたか、干からびていました」
「えっと、まずは初めましてーかな。うららは、宇羅うららだよ。異世界なんて信じていなかったんだけど、すっごーーい暇だった時があって、その時にメイドさんに声かけられて、異世界に興味ないかって言われて――それから試しにアプリ起動してみたんだ。そしたらなんと、うららぜんぜん知らない世界に転移してきちゃったんだよー。それでビビッと来て、ここなら新曲のアイディアがバンバン溢れちゃうって思ってギター一本、ううん、お菓子とジュースも沢山用意して来たんだよねーー。そして気づいたらこの結末だった訳。うらら泣きそうになったよ。もとの世界へは戻ることができないし、今のうららの財産このアコギ一本なんだもん」
「拙僧は、団頃坂陽生と申すもの。僧侶であり、日々極楽浄土を探して修行にあけくれる毎日。その点の経緯は、桧垣殿や宇羅殿に酷似しているかもしれぬであるな。しかしこの異世界なるものに来た流れについては語るも涙。しかし今やこれもまた、己に課せられた修行の定めと悟ったしだい」
――スタートエリア。
長野さんが見つけて連れてきた【喪失者】の5人。とりあえず、鈴森が先日作ってくれたウッドテーブルとウッドチェアー。椅子が丁度6脚だったので、長野さんを含めてそこに座っていただいた。
長野さんがここへ立ち寄った理由。それは、久しぶりに俺や未玖の顔を見に来てくれた事、そしてもう一つ――それがこの長野さんが冒険の旅をする間に出会った【喪失者】の5人、彼らをここ――俺達の拠点で預かって欲しいという事だった。
『異世界』は、美しい世界だけど同時に恐ろしさもある。至る所に危険な魔物も徘徊している。そんな中で住処も無く、安心できる場所もなく常に食べ物と水を探してまわり、魔物を恐れて隠れて過ごす。そんな事を普通、やってのけるのは大変な事だった。
だから俺達の拠点。ここに連れて来たのだという。ここなら柵や有刺鉄線などのバリケードに守られていて、井戸や川といった水源もある。
周囲には魔物の危険性もあるけれど、鹿や兎など狩りのできる動物や魔物もいる。そして今では畑を作り、ログアップやレッドベリーの木なんかの食べられる植物も植えている。
ここは衣食住が備わっていて、雨風を凌げて魔物から身を守れる場所なのだ。この5人からしてみれば、とても魅力的な場所に見えるだろう。
俺と長野さんの話を、傍で未玖や翔太、鈴森に北上さん達も聞いている。
困っているなら受け入れてもいい。受け入れてもいいが……
直ぐに返事をしないで、色々とそれによってここがどう変わるのか考えている俺に、長野さんが言った。
「どうかな? ここは前に儂が立ち寄った時よりも更に広くなっている。以前は、丸太小屋とその周囲拓けた土地だけだったからなあ。でも今や、あの草原地帯や川のある森までもが、拠点の一部だから驚きだ。この5人の面倒をみてやっては、もらえないか?」
「えっと、一つ質問があります」
「何かな? なんでも答えよう」
「長野さんがこちらの5人を助けようとしている理由は解りますが、それを俺に……っていう理由がよく解りません」
「いや、それはだからこの椎名君たちの作った拠点なら、彼らは生き永らえる事ができると思ったから」
「でも、冷たいようですが俺にその責任はありませんし、負えません」
俺の言った事に長野さんだけでなく、最上さん達5人も驚いた顔をした。でもこれは、最初の最初に伝えておかなくちゃならない。俺は人の命を預かる事なんてできない。
「俺は他人の命を預かるのなんてできません。未玖だけでもなんとか守ってみせると思っていても、翔太や鈴森、北上さんや大井さん達の協力を得ています。しかもいきなり今日知り合って1時間も経っていない人達の命を守るなんてできませんし、なぜ俺がという疑問があります」
……思っている事をそのまま言った。言ったあと、長野さんはじっと俺の顔を見ていた。長野さんの連れて来た5人は、すっかり俯いておつやみたいになってしまった。
暫く沈黙すると、パラパラと雨が降り出した。まだ小雨だけど、頭上にあるアープテントに雨粒の当たる音が響き渡る。
「でも、受け入れてもいいです」
「え?」
「ここへ受け入れてもいいですが、条件があります。それを了承してくれるのなら、いいです」
「ほ、本当か? 言ってみてくれるか?」
「最上さん達を、俺達は保護できません。その自信もなければ力もありません。だから仲間としてなら迎え入れます。同格の仲間です。俺が一応リーダーって事になっていますが、基本的には皆同格。それでも皆は、俺をリーダーとしてくれているので、とても上手くはいってますが」
「なるほど、どうかな皆?」
長野さんが聞くと、最上さん達5人は何度も頷いてくれた。
「困ったときは助け合う。魔物が襲ってきた時も協力してあたる。仲間同士の喧嘩や諍いは起こさない。皆、仲良くです。そして拠点での仕事は、全員それぞれやってもらう。因みに俺達は『勇者連合』という名のクランを結成していますから、自動的にクランメンバーという事になります。それがきるなら、受け入れますが、どうですか?」
俺の言葉を聞いて、最上さん達は納得してくれたようだった。むしろ喜んでくれている。5人全員頷くと、最上さんが代表して握手を求めてきたのでそれに応えた。




