Phase.14 『井戸』
小屋の中の殺虫とカビ退治が完了するまでの時間、小屋の外で過ごす事にした。
腕時計を確認すると、まだ4時にもなっていない。辺りはまだ真っ暗でこの森の中、小屋の周囲の拓けた場所だけが月灯りで薄暗くとも何とか見える。
しかし、この場所を囲んでいる森は真っ暗で恐ろしく見えた。もしも今、狼やら何かが森から飛び出してきて俺のいる方へ迫ってきたら、俺は迷うことなく殺虫剤を噴射している小屋の中へ飛び込もうと心に決めていた。
「まずは、この草ボーボーをなんとかするか。だがこの小屋の周辺の草を全部刈るとなると、かなりの重労働だぞ」
データ入力の普段の仕事に、家ではゲーマー、典型的な引きこもりタイプのオタクの俺にそれがこなせるのかと思った。だけど、不思議と気持ちは前を向いている。やりがいはありそうだ。
また荷物を漁る。今の時代、インターネットがあれば大抵の物は買い揃える事ができて、便利にうちまで届けてくれる。
草刈り用の鎌を二本取り出して一本を小屋の入口、ウッドデッキに置くともう一本を持って早速小屋入口の周辺の草を刈り始めた。
「うう……腰がいってーー。こりゃ、本当に重労働だな」
正直、翔太を連れてきていたら……と思った。二人ならもっと、作業を早く済ませられるしこんなにも心細くも感じない。
実際草は、そのままむしれない物は、刈るというか鎌に引っかけて根から抜いていた。そうじゃないと、またすぐに生えてくる。とりあえず小屋の周囲の見通しをよくする為に、どんどん草を抜いて行った。
引き抜いたり刈ったりした草は、場所を決めて一カ所に積み上げていく。小屋の周りは、大量の草が生い茂っていたので、集めた草はあっという間に山のようになった。それがいくつも出来上がっていく。小屋の周りにこんもりしたものがいくつもできて、変な感じ。
これはこれで、このまま放っておいて晒して置けば、干し草みたいになるんじゃないだろうか。そうすれば、火を使う場合のいい燃料にもなりそうだ。燃料にもできて、刈った草の処分もできる。まさに無駄のない合理的な発想。
どれ位時間をかけただろうか? さて、やるかと気合を入れてからじゃないととても動けないと思っていた作業だったが、いざ草むしりを始めてみると知らず知らずのうちに夢中になっていた。
小屋の正面の草むらはなくなり、いい感じに拓けたので今度は小屋の裏手へ回ってみた。勿論、警戒は必要だ。魔物がいるかもしれない。
お手製の槍を、しっかりと手に握る。
「あれはなんだ?」
井戸だ、井戸がある。
水は一応2リットルのペットボトルを3本、他にもいくつかドリンクを持ってきていた。足りない分は、これだけの森があって草木が生い茂っているのなら探せば川があるだろうから、それを見つければ水は補給できると思っていた。
だが、この小屋には井戸がある。もし、これが使用できるのであれば水問題は解決する……っていうか、一気に環境が良くなる。
俺は期待を込めて井戸に近づく。井戸には、大きな木製の蓋がされていて、更にその上に大きな石が乗せてあった。
ふむ。強風やらで蓋が飛ばないようにだろう。でも木製の蓋は、大きさに加えて重みもありそうで風なんかでとても吹き飛ぶとは思えなかった。
俺は、井戸に乗せてある石をどけると、蓋を動かしてずらした。
ズズズズズズ……
「お、重いな……ぬおおおお!」
井戸の中を覗き込む。懐中電灯で照らし出すと、下の方で何かがゆらゆらとしているのが見えた。水?
「調べてみるしかないな」
俺はまた小屋の正面の方へ回り、ウッドデッキに積み上げている、もとの世界から持参した大量の荷物からロープと鍋を取り出した。鍋はいくつか種類を持ってきているけど大きめの方の鍋。
それを持つと再び井戸の方へ行き、鍋にロープを括り付けると井戸の中へ落とした。
バシャンッ!
「ビンゴ! やっぱり井戸には水があるな。あとは、この水を飲むことができるかだけど……」
ゆっくりとロープを引っ張って水の入った鍋を引き上げる。こぼさないように。
そして、井戸の水の入った鍋を手に掴むと、それをまず月明りに向けてみた。透明、なんの変哲もない水には見える。更に懐中電灯で照らし出してよく目を凝らして見て見たが、ゴミ一つ浮いておらず無色透明で臭いも全くしなかった。
「よ、よし。一応、胃薬とか下痢止めとかも持ってきているし……」
思い切って口に含んでみる。えぐみのようなものや、痺れも何もない。よく冷えた水だという事は解った。そのあと、どうしていいか解らずワインみたいに舌で転がしてみる。
ゴクンッ
飲んでしまった。
「うん、やっぱり普通の水だな。むしろ、良く冷えているし美味しい部類かもしれない」
はっきりとは解らないけれど、どうやらこの井戸の水は飲み水としても使用できそうだと思った。
しかし、小屋の中の殺虫が完了したら、掃除もしなくちゃいけない。小屋の直ぐ傍で、使える井戸があるというのは、物凄く便利だ。最悪井戸がなかったとしたら、川を見つけなければならなかった。しかもそこから水を、必要になる度に運んでこなければならない。それを考えるとやはりこれは、予想以上に嬉しい。しかも、飲めるときたもんだ。
――時計を見ると、5時を過ぎていた。空も徐々に明るくなってきていた。森からは鳥の囀り。
「よし、時間だな」
俺は再び小屋の正面に移動すると、扉を全開させて固定し中へ入った。そして、窓を塞いでいる木の板も全部外して小屋内の換気を始めた。




