Phase.138 『朝珈琲』
未玖を起こそうとしたけど、成田さんが見ていてくれると言ったので、そのまま寝かして置いた。そして俺は翔太と鈴森のいる川エリアへと移動した。
森の中へ入り、翔太達のいる川の辺りに向かう。到着すると、テントが二つ。川の近くに作った焚火を囲んで翔太と鈴森、そして和希が珈琲を飲んで何やら話をしていた。
「おはよー」
「早いな、ユキー! おはよーさん!」
「はよーー」
「あっ、椎名さん!おはようございます」
「和希もここへ来ていたんだな」
「はい! 昨日は森路エリアの方を色々見てまして、まだ完全に調べた尽くしたわけじゃないんですけど、こっちの川エリアも調査してみたいなって思って……それで来てみたら、翔太さんと鈴森さんが今日はこれから外へ調査に出かけると言っていられたんで、僕も同行できたらなって思って」
「そうなんだ、和希も行くのか」
「駄目ですか?」
「いや、別にいいけど……十分に気をつけてじゃないと駄目だぞ」
「はい! ちゃんと言われた通りにします」
和希は確か中学生だったかな。そう考えると、男女の違いはあれど、未玖とそれ程歳が違わないようにも思える。つまり、いい友達になるかも――
佐竹さん達を埋葬しに昨日、そこへ向かったメンツにも和希はいた。まだ子供だからと止める理由は、もうないだろう。
『異世界』は、日本ではない。男も女も、老いも若きも自分でちゃんとこの世界の危険性を理解し覚悟して行動している。それができなければ、『異世界』に転移してきては駄目だ。
翔太が言った。
「それで、いつ調査に出発する?」
「出発って言っても、拠点周辺の調査だからな。危険じゃないという訳でもないけれど、昨日佐竹さん達を埋葬しに行ったように、拠点をかなり離れたりはしないから、それほど気張らなくてもいいんじゃないか」
「周辺を探索する感じか」
「ああ。鈴森が感じていた嫌な気配、俺はそれが正しい感覚だと思っている。鈴森に昨日それを言われた時に、俺も少し心の中で、はっとするところがあったんだ。つまり何処かで、俺もちょっと感じていたんだと思う」
そう言うと、鈴森が深く頷いた。翔太が唸る。
「俺は特に何も感じなかったけどなー。でもユキーと孫いっちゃんがそう感じたなら、調べておかないと気持ち悪いもんな。それで、すぐ出るか?」
「そうしたいけど、起きてから何も飲み食いしてない。せめて、珈琲を一杯もらってもいいか?」
「よっしゃ! それじゃこっちこいよ、俺がユキーの為に特別美味い珈琲を入れてやんよ」
「あっ! それでしたら、僕が椎名さんの珈琲入れますよ。任せてください、得意なんですよ!」
「あっこら! 邪魔すんじゃねえ、和希! ユキーの珈琲は俺がいれるの!!」
なんだこいつら……はははは。特別美味いって言ったり、珈琲を入れるの得意って言ってもハンドドリップじゃないだろ。インスタントコーヒーだから、粉末入れてお湯入れてかき混ぜたら終わりだと思うんだけど。
「よっしゃ、できた。どーぞ」
「ありがとう、翔太。和希も入れてくれようとしてありがとう」
インスタントコーヒー。誰が入れても一緒。そう思っていたのに、不思議な事に早朝から緑が生い茂る森の中で、仲間と焚火を囲んで飲む珈琲は格別な味がした。
コーヒーを飲み終わったところで、誰かが近づいてきた。振り返ると、北上さんと大井さんだった。
「男子諸君、おはよーございまーす」
「美幸ちゃんに、海ちゃん!! おはよーう!!」
「あっ、おはようございます!」
予期せぬ女子二人の登場に大興奮する翔太。恥ずかしいからやめてくれ。和希も続けて挨拶を返したけど、鈴森はチラっと北上さん達の方を見ただけで、森の方を眺めていた。
俺は珈琲の飲み終わったマグカップを焚火の横に置くと、立ち上がって北上さん達に挨拶を返した。
「おはよう、二人も今日は早いね。まだ5時代なのに。どうしたの? もしかして何かあった?」
北上さんと大井さんは、顔を合わせると同時ににこっと笑い合った。二人とも背には、矢筒。手にはコンパウントボウ。
「も、もしかして二人とも一緒に来るつもり?」
「うん! さっき歩いている椎名さん見かけて、どこか行くのかなーって思って」
「ナイフや剣を装備しているし、なんとなく外へ出るのかなって思って。それで美幸と一緒に一応弓を持ってついてきたの」
なかなかの洞察力。だけど確かにこの二人がいたら、かなり助かる。二人の使うコンパウントボウは超強力だし、その腕も大したものだ。しかもこの世界の経験も俺よりも豊富。頼もしい。
「助かるよ、じゃあ一緒についてきてくれ」
俺は二人に、昨日鈴森が嫌な気配を感じた事と、これから拠点周辺に広がる森をちょっと調査してみる事を話した。
そして、準備を整えると翔太と鈴森、それに和希と北上さん達を引き連れて川エリアからバリケードをくぐって外へ出た。
この森を徘徊するのは、未玖と一緒に出た時以来になるかな。あの時はサーベルタイガーっていう恐ろしい魔物にも遭遇した。
ふう、サーベルタイガーにゴブリンに、軽自動車並みの大きさを持つブルボアか。この世界は、とんでもない世界だと改めて思う。しっかりと用心しないといけないな。




