Phase.135 『腫れ』
――――川エリアへ移動。
コンパスによると、ここは丸太小屋や井戸のあるスタートエリアの丁度北に位置するエリア。森の中で渓流が流れている場所があったが、この川だ。ここで未玖や翔太と、魚を獲ったりした。
あの時は、思ったよりも川遊びが楽しくて仕方がなかった。でもその反面、いつウルフやゴブリンが飛び出してきて、襲い掛かってくるかもという恐怖もあってか落ち着けなかった。
例えばゴブリンだけど、いきなり背中を剣などで刺されたり、棍棒や斧で頭を割られでもしたらそれで死んでしまう事だってある。だから落ち着かなかった。
でも今はどうだろう。渓流を跨いだ少し先。そこをずーーっと有刺鉄線が張り巡らされている。例えば以前見たワイバーン。空を飛ぶ魔物には、こんなものは意味をなさないだろう。だけどこれがあると無いのとでは、安心感が天と地ほども違う。未玖が指をさした。
「ゆきひろさん、あそこ。火が見えますよ」
「おっ、ほんとだ。あれは誰かが焚火をしているな」
森の中で焚火。だけど翔太と鈴森はちゃんと安全を考えている。
焚火に近づくにつれて水の音も大きくなる。翔太達は、川のすぐ隣で焚火を熾しテントを張ったようだ。地面も石や木の根があまり張っていない平坦な場所。
「おおーーい! 翔太、鈴森。いるかーー?」
「おお、ユキーか。こっちこいよ。さあ、ほら火の近くに」
「おお、今そっちにい……く……うわあああ!!」
「きゃあああ!!」
俺と未玖は、悲鳴をあげた。そう焚火の灯りに照らし出された翔太の顔を見て悲鳴をあげたのだ。
「お、お前!! お前、どうしたんだ? その顔!!」
翔太の顔は、至る所に腫れがあった。アレルギー? いや、一緒にいる鈴森の方を見ると、彼も顔や手や首に腫がある。でも、翔太程ではない。怯える未玖。
「どど、どうしたんだよお前らそれ? 何があった?」
「だからこっち来いって! いいから、火の近くにまず来い。そしたら何があったか話すからさ」
ちょっと翔太が怖いけど、未玖と焚火の近くに座った。すると鈴森が近寄ってきて何かを差し出してきた。受け取ると、薬局などでよく目にするスプレー缶だった。
「これは?」
「虫よけスプレーだ。それを椎名も未玖も、すぐに身体に吹き付けろ。でないと、俺達みたいにやられるぞ」
「や、やられるって……」
もう一度、翔太と鈴森の身体中にある小さな赤い腫れを見る。
「も、もしかして蚊か? 蚊にやられたのか?」
二人同時に頷く。翔太が言った。
「昼間はほとんど見なかったから特に気にもしなかったんだけどよ、森の中だからか特にこの辺は蚊が物凄いわ」
「びょ、病気にとかならないだろうな」
異世界の蚊。こんなに刺されても大丈夫なのだろうか?
「未玖」
「は、はい!」
「丸太小屋に俺の荷物がある。その中に、虫よけスモークとか蚊取り線香とかの虫よけグッズ、あと虫刺されの薬があるから持ってきてくれるかな?」
「は、はい! 解りました!」
「暗いから走らずに、気を付けて行って行ってくるんだぞ」
未玖に懐中電灯を渡す。すると未玖は、丸太小屋のあるスタートエリアの方へと歩いて行った。
鈴森は新たに虫よけスプレーを荷物から取り出すと、それをまた自分の身体に吹き付ける。そして改造エアガンを取り出すとそれを両手に持って、川を渡り向こうの有刺鉄線の方へと歩いていった。
「おい! 鈴森!!」
「解ってる! 有刺鉄線は越えない。拠点からは出ない」
俺と翔太はどちらかというと、臆病なタイプだと思う。だけど鈴森やトモマサは正反対の勇敢なタイプだ。勇敢なだけに、危険な場所に平気で身を置きそうで怖い。
鈴森は俺に言ったように有刺鉄線の近くまで行くと、足元に一つランタンを置き、手に持った懐中電灯で辺りを照らして周囲の状況を探っていた。
警備をしてくれているのは嬉しいけど、夜の森に何が潜んでいるかも解らないのによく平気でいられると思う。翔太が付き合うって言わなければ、鈴森はここで一人テントを張って周囲を見張っていたのだろうか。
「それにしても翔太、その顔すさまじいなー」
「こんなにも蚊がいるなんてな。思ってもいなかったから驚いたよ。かといって孫いっちゃんおいて、俺一人そそくさと丸太小屋の方へ避難するのもなんだかアレだしなー」
「友達だもんな。それに大丈夫だ。間もなく未玖が対策グッズを持ってきてくれる」
「未玖ちゃんは優しい子だなーー。さっき俺の蚊に刺されまくった顔を見て悲鳴をあげられた時には、ちょと悲しかったけどなーー」
「はははは。そりゃ誰だって驚くって」
他愛もない話。すると沢山の荷物を持って、未玖が帰ってきた。一緒に小貫さんもいる。
「お、お待たせしました!! こっちが虫よけで、こっちが虫刺されの薬です」
「ありがとう、未玖ちゃん。それに小貫さんも」
運んできた大量の虫よけグッズ。それを翔太と鈴森のテントの近くに置くと、早速翔太が漁り始めてそこから何かを取り出した。
「蚊取り線香かよ」
「これ、長持ちするしいいんだよな。しかも子供の時、夏休みとかでじいちゃん家とかでいくと必ず焚いてくれてさー。未だにこの香りを嗅ぐとちょっとノスタルジックになるんだよなー」
「確かにそれは解る」
真っ暗な森の中。しかも不気味で周囲からは、獣や虫の声も聞こえる。
蚊だって飛び回って、俺達の血を吸血しようとしてくる。だけど翔太と鈴森、そして未玖と小貫さんのこの5人で焚火を囲み、あーだこーだ言っていると、ちょっとこの瞬間も何気に楽しいなと思った。




