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Phase.13 『大掃除』



 夜の暗闇が広がる森の中は、流石におっかなかった。懐中電灯で足元を照らして歩く。時折、何か鳥か獣かの鳴き声もし、その度にビクリと身体を震わせた。


 しかし今回は草原地帯も森の中も穏やかなもので、特別魔物に遭遇するという事自体も無く、無事あの拓けた場所まで辿り着く事ができた。見覚えのある丸太小屋。


「はあーー、おっも!! 流石に欲張って、荷物を持ってきすぎたかな」


 手入れのされていない草むらをかき分ける。丸太小屋の前にようやく到着すると、ウッドデッキの上に両手に持っていたパンパンになったバックと、背負っている大きなザックをドサリと置いた。そして、自分の腰を叩く。


 やっぱり、持ってくるものをもっと厳選して減らせば良かったのかもしれない。だって、草原の女神像までは、ここからそれほど離れていないし、往復すれば何度でも必要なものを持ってこれるのだから。


 だけど、女神像からこの丸太小屋まで何にも襲われないという保証もないし、現に襲われた記憶があるので往復はあまりしない方がいいのかもしれない。


「さてと、それじゃ早速小屋の中を調べるか」


 月曜日から今日までここには、一切来ていない。だから、俺がいない間に何かあったかもしれない。見る限りは、特に変化はないようだけど、用心はするべきだ。痛い思いをした分、慎重になる。


 俺はホルスターからサバイバルナイフを一本抜くと、もう片方に懐中電灯を持ち小屋の重厚な扉を押して中へ入って調べた。


 凄い埃――鍋や木箱、瓶、木片、色々なものが散乱している。最初に来た時も思ったけれど……


「これはまずは、掃除だな。何て言っても、ここを俺の住処にするんだからな」


 俺の勤めている会社はいわゆるブラックという奴で、俺はろくに有給もとれていない。取ろうとしても、課長の山根を筆頭に他の性格が悪い同僚達にチクチクと嫌味を言われたりする。有給をとれるという環境ではないのだ。


 それに有給をとったからと言っても、折角の休日も自宅に籠ってゲーム三昧だろうし、なんとなく無理してでも取ってやろうという気にもなれなかった。


 だが、今は違う。ついに、有給を取ってやった。課長の山根は信じられないという顔をしていたけれど、そんなものもう知らん。そもそも労働基準法で有給は取りなさいと決められている。この土日、そして月曜は祝日でそれに加えて火・水と二日間の有給。フフフフ……


 ――計5日間だ。この5日間まるまる使って俺はこの丸太小屋を理想の拠点にするつもりだ。


 小屋の中を調べる――


 小屋の中には、奥にまだ部屋があるようだった。一つは、かなり狭いけどキッチン……って言うか調理場のようだった。


「まあ、狭いけど小屋の中にキッチンがあるだけでもまあいい方か……」


 ここもかなり埃っぽい。持ってきたマスクを付ける。


 まな板代わりに使っていたような板――もう、ボロボロになっていて変色している。何に使っていたのか、解らない謎の石がいくつもある。もしかして、漬物にでも使っていたのか? 錆びて刃が欠けまくっている包丁も見つけた。やっぱりここには、昔誰かがいて生活していたのだろう。


 続いて残り3つの扉を開いていく。


「うげっ!!」


 トイレだ。悲惨な事になっている。小さな虫がブンブンと飛んでいた。これは……ここを使えるようにするのには、かなり骨が折れそうだ。


 今度の扉は物置だった。結構色々な物が残されているようだ。ちょっとした宝探しができそうだけど、とりあえず後だな。


 そして最後の扉。開けてみると、そこはなんと寝室だった。ベッドに布団もある。


「え?」


 一瞬、布団が動いたような気がした。もぞっとしたような……


「な、何となく嫌な予感はするがここを住処にするなら確かめない訳にはいかないしな。し、仕方がない」


 寝室にゆっくりと入り、ベッドに近づく。動いたふうに見えた布団に懐中電灯を当てると、ナイフを持っている方の手で恐る恐る布団を掴んだ。


「こ、こういう場合ってラノベとかアニメとかじゃ可愛い小動物みたいなのがいたりするんだよな。それで、そいつ実は魔物……というか使い魔だったとかいうオチで、俺の心強い相棒になったりしたりなんかするんだよな」


 期待を込めるけれど、なぜか不安が頭から離れない。こんな夜更けに森の中にある真っ暗な小屋でこんな事を一人でしているのだから尚更だった。


「よし、覚悟した! ええい、確認してやる!」


 決心し、思い切って布団をめくった。すると、布団の中には何も見当たらなかった。シミのようなものがあり、カビが生えている。それ位だと思った。


「ふう……なんだ、何もないのかよ。目の錯覚か、驚かせやがって」


 そう思った刹那、布団を掴んでいる方の手がムズムズとする。見ると、めくった布団の裏側には野球のボール位の白い蟲が何匹も張り付いていた。


「ぎゃああああああっ!!」


 思わず手を放す。寒気が足のつま先から頭のてっぺんまで電撃のように走り抜ける。俺は慌てて血相を変えながら小屋から転がるように飛び出した。


「嘘だろ、なんて……なんて馬鹿でかいダニだよ……マジかよ……」


 あの野球のボールほどの大きさの蟲。あれは、ダニだった。巨大化したダニ。いや、もしかしたらダニ系の何か魔物かもしれない。そう考える方が自然。


 どちらにしても、最初にこの小屋に逃げ込んだ時にこの小屋の汚さは目にしていた。それで、また今日リベンジする日までの間、俺は色々と考え準備してきたのだ。


 俺は、決してこの異世界に負けたりはしない。もう人生で二度と味わえないようなこんな体験――俺は絶対にふいにしたりしないと決心したのだから。


 小屋の外に逃げ出すと、俺は持ってきた大きなバックの片方を開けてゴソゴソと中を漁り、缶を6つ取り出した。それは、置き型のスモーク式殺虫剤。これは部屋などに置いて起動させると、殺虫作用に加えカビなどもやっつける煙を散布する日本じゃ薬局やスーパーなんかでも簡単に手に入るアイテム。


 俺は早速、小屋の中を殺虫及びカビを排除する為に中へ入る。バックから取り出した缶6つ全て設置し、作動させて煙が噴出するのを見ると小屋の窓と扉を閉めた。


 殺虫完了するまでの二時間、俺はとりあえず小屋の外――周辺で時間を潰す事にした。


 ……いや、潰すっていうのは違う。小屋の周りでもやらなくてはならない事は、まだまだ山ほどあるのだから。


「よし、とりあえずはまず第一段階完了だな。さあ、忙しくなってきた」


 自分自身の顔を見ている訳ではないけれど、きっと俺は今生き生きとした表情で、そんな独り言を呟いていると思った。

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