Phase.128 『荒地の湖 その2』
翔太、トモマサ、和希は俺達のいる丘から湖の方へ降りていくと、早速湖に近づいて色々と観察して調べているようだった。ここからでも、その様子がよく見える。
翔太の事だから、ふざけているように見えても、得体の知れない湖に近づいて迂闊にも中に入るような事はしないと確信はしていた。
さっき小貫さんを追っていった時に、落ちて浸かった池。あの時、気持ち悪い何匹ものヒルに身体中に吸い付かれて吸血された恐怖。あの記憶と経験があれば大丈夫。
そして、今なぜ湖を目にしてそんな事を思うのかにも訳があった。目の前にあるとても大きな湖。それは、昔話やファンタジー映画やゲームで目にする綺麗な湖ではなかったのだ。
俺と翔太がさっき頭から突っ込んで落ちた濁ったドブ池。例えるならそれをもっと巨大にした感じ。
水が濁っているのはここからでも確認できる。茶色いような、そう泥水と言った感じの湖だ。だから得体が知れないと表現した。
翔太が下に降りた所で、こちらを向いて何か叫んでいる。ちょっと距離があって聞き取りづらい。それでも耳を澄まして翔太が何を言っているのか聞き取ろうと小貫さんはしている。
「何言っているんだろう、あいつ。なんて言っているか聞き取れる? 小貫さん」
「ちょっと、待って……あーーー、もっと湖に近づいて調べてみるって言っているようだな」
なんだろう、嫌な予感がする。
「やめーーろーーー!! やめるんだ!! それ以上は近づくなーーーー!!」
ジェスチャーも織り交ぜて、そう叫んだ。しかし翔太とトモマサは俺の方を見て、何をしているんだと指をさして笑っている。ったく、あいつらーー。
今度は小貫さんと一緒に、もう少し湖から離れて調べろって叫びながらもジェスチャーを送った。しかしやっぱり翔太とトモマサは笑い転げて本気にしていない。くっそーー、買い被っていたか。そんな光景を見ている北上さんは溜息をついていた。
鈴森が前に出る。
「俺がちょっと行って、もう少し注意しろって言ってきた方がいいか?」
「うーーん、そうだな……翔太もあのヒル地獄に転がり落ちたから、ああいう水の中がどうなっているか解らない湖は危険かもしれないって十分に解っていると思うんだけどな」
そうだ。和希なら、解ってくる。和希に視線を向ける。
だが和希も駄目だった。むしろ和希の方が、湖に夢中になってしまっている。
翔太やトモマサよりも湖に近づいて、水辺から目の前に広がる水の中を覗きこもうとしている。お、おいおい。
「翔太!! トモマサ!!」
やっぱり嫌な予感がする。俺の予感は結構当たるんだよな。出せるだけの声を出して、二人の名前を叫び和希の方を指さした。小貫さんも続く。
するとようやく翔太とトモマサは、和希が水辺まで近寄ってそこでしゃがみ込んでいる事に気付いた。二人は和希に何か叫んで、駆け足で近づいていく。やっと理解してくれたようだ。
その次の瞬間だった。
ザパアアアアアンッ
刹那、湖の泥水を跳ね上げて何か巨大なものが飛び出してきた。和希の直ぐ目前。そして大きな口を開けると、和希を丸呑みしようと迫ってきた。
「和希いいいい!!」
小貫さんと鈴森も叫ぶ。北上さんはコンパウントボウを手に持ったが、ここからじゃとてもじゃないけど矢が届かない。
湖から唐突に飛び出してきたそのでかい何かを、和希は振り返って目撃すると恐怖して後方へ転がった。それが功を奏して、襲ってきたそいつの大きな口を開けた攻撃を咄嗟にかわす事ができた。
転がって悲鳴をあげている様子の和希。駆け付けた翔太とトモマサが和希の腕をつかむと、そのまま引きずる形で湖から遠ざかって逃げた。
湖から飛び出してきた奴は、先程まで和希がしゃがみ込んでいた場所に、その大きな図体を乗り上げてのたうっている。鈴森が言った。
「な、なんだアレは……巨大な魚か」
「わ、解らない。だけどかなり危険な奴だというのは、ここから見ていて十分に理解できる」
そうだ! 俺はスマホを取り出した。【鑑定】で、あの化物の姿を捉える。
【鑑定】
名前:メガケラトドゥス
種類:魔物
説明:池や湖などのに生息する魚の魔物。肉食で獰猛。魚でありながら肺を持っていて、水中だけではなく、土の中も泳ぐことができる。だが水辺の土が柔らかい場所に限る。
…………かなり驚いた。これは何と言うか……見た目もそうだけど、まさにモンスターという言葉がしっくりくる。そんな魔物だと思った。
ブモオオオオオ!!
目の前に広がる土気色の湖、向こうの対岸を見ると和希を襲った奴とはまた別のメガケラトドゥスが水中から勢いよく飛び出して、そこで水を飲んでいた水牛達の1匹に噛みついた。
スマホを水牛にも向けてみる。
【鑑定】
名前:ビートバッファロー
種類:魔物
説明:水牛の魔物。群れで行動する。肉は美味く食用にできるが、強烈なタックルと角を武器に襲ってくる。
ビートバッファロー、つまりバッファロータイプの魔物か。そう思った瞬間、メガケラトドゥスは噛みついた1匹のビートバッファローを一気に湖の中へと引き込もうとした。ビートバッファローの強烈な悲鳴。
そうはさせまいと、周囲にいたビートバッファローの仲間が次々にメガケラトドゥスに角を向けて襲い掛かり、強烈なタックルを繰り返す。しかしメガケラトドゥスは、人間なら跳ね飛ばされているだろうとも思える程のビートバッファローのタックルを何度も喰らいながらも、特に噛みついた口を緩める事もなく、ずるずると獲物を引きずって、湖の中に獲物と共に消えていった。
俺達は、その凄まじい光景を暫く呆然として見ていた。




