Phase.123 『小貫捜索 その3』
「うおあああああ!!」
この俺が雄たけびをあげるなんて――
毎日を仕事とゲーム、それだけに費やしていた頃を思い出すと、とても信じられない。
未玖と初めて出会った時に、初めてゴブリンと格闘した。とても恐ろしかった。
その後にも、寝ている間に2匹のゴブリンに丸太小屋を襲撃された。いつの間にか、直ぐ外まで接近されていて戦いになった。あの時は、本当に死を覚悟した。だけど、生きている。
それで今、小貫さんを追って行った先でまたゴブリンと遭遇し戦闘になっている。今回は、前回以上に身体が動く。でも俺が特別強くなった訳ではないことは解っていた。あの時は、恐怖に溺れていたけど、今はそれにも多少は慣れてきたというような感じがする。
槍で腹や心臓、首を突かれれば死ぬ。あのゴブリンが手に持つ棍棒で、思い切り頭を強打されれば俺は死ぬ。それは十分に理解しているし恐ろしいけど、それらを踏まえたうえで身体が動くようになった。つまり、恐怖に身体を支配されにくくなってきた証拠だ。
あの時もそうだったけど、むしろ高揚感すら感じる。
「うおおおお!!」
「ギャアアアア!!」
俺と小貫さんで、襲い掛かってくるゴブリンをそれぞれ1匹ずつを相手していた。
攻撃がヒットすればダメージの数字が現れる。そんなゲームとは違う。棍棒で殴られれば意識を失うかもしれないし、激痛が走る。だからしっかりと相手との距離を計り、隙を作らずに相手の隙を見つけて攻撃をヒットさせるしかない。
ビュンッ!
「ギャアッ!!」
その時だった。丘の上の方から矢が飛んできて、ゴブリンの首を射貫いた。小貫さんと対決していたゴブリン。ゴブリンは、吐血するとその場に転がって藻掻き苦しんで動かなくなった。
俺はまさかと思って矢が飛んできた丘の方を見る。するとそこには、滑車のついた厳ついコンパウントボウを構えて、残り1匹のゴブリンに狙いをつけている北上さんの凛々しい姿があった。
しかも北上さんの横には翔太。その後ろから、鈴森にトモマサ、和希。皆、心配になって俺と小貫さんを探しにやってきてくれたんだ。
……まったく、もう。30分して戻らなければ拠点へ戻れって言ったのに……でも嬉しくないと言ったら嘘になる。
「ゴゴゴゴ、ゴブリンじゃねええかあああ!! ユキーー、大丈夫か!! 今、俺がいってやっつけてやっからよーー!! 任せろ」
翔太はそう叫ぶと、丘を滑り落ちるようにこちらに向かって走ってきた。いや、滑り落ちて転がっている。そして俺と同じように、丘の下にあった池にドブンと頭から突っ込んだ。
「翔太!!」
「た、助けてくれええええ!! うわああ、なんじゃこりゃああ!! 気持ち悪いのが身体に引っ付いてるううう!!」
うん、大丈夫そうだ。
とりあえず翔太はいいとして、残るゴブリンを――
そう思った所で、北上さんが叫んだ。
「椎名さん!! 逃がさないで!! ここで倒してしまわないと、面倒な事になるかもしれない!!」
面倒?
俺が対決していた残る1匹のゴブリンの方を振り向くと、そのゴブリンは必死になって逃げ始めていた。
先程、草場から飛び出してきた時は、とんでもなく凶悪な顔をしていたのに……今はなりふり構わずと言った感じで逃げ出している。
必死に逃げるゴブリン。その背をみると、少し同情してしまいそうな気持になるが、俺もなんだかこのまま逃げしてしまうと大変な事になるような、そんな気持ちになった。
「トモマサ、和希!! 翔太を頼む!! 小貫さん、一緒にゴブリンを追いかけて倒してしまおう!!」
「解った!」
背の高い草場の中に、ゴブリンは飛び込んだ。俺と小貫さんもその後を追う。後ろから、北上さんと鈴森が追って来てくれているのが見えた。頼りになる二人だし、こういう事は得意そうだ。
草場に入り前進する。前には進めるけど、俺より背の高い草が周囲には生い茂っていて視界が悪すぎる。しかもゴブリンは、この中をものともしないでどんどん突き進んでしまっている。追わないと!!
腰のベルトには剣と3本のナイフの他に、1本鉈を装着してきていた。俺は持っていた剣を腰に吊っている鞘に納めると、鉈を取り出してそれを振って生い茂る草を切ってかき分けて前に進んだ。
「くそーー!! こんな草がぼーぼーに生えて鬱蒼とした場所……いきなり草の中から何かが飛び出してくる可能性も十分にありそうだし……これはまいったな!!」
もといた世界、日本なら蛇や熊、猪など現れそうな場所だと思った。
ギャアアアアアッ!!
唐突にゴブリンのものと思われる悲鳴。俺と小貫さんは急いで悲鳴のした方へと急いだ。
「うっ!」
そこは草が短くて、少しだけ拓けている場所だった。そこに出ると、俺達の追いかけていたゴブリンが鈴森に後ろから羽交い絞めにされたあげく、ナイフで首を刺されて殺されていた。
「鈴森!!」
「やった、仕留めてやったぜ、へへへ」
「た、大した奴だなお前は」
「それじゃあどうする? この死骸はここに放っておいていいのか?」
そうだった。どうしよう。でもなるだけ早く、この場から移動がしたい。周囲がよく見えない草だらけの、こんな得体の知れない場所に居続けるのは危険極まりない。
「よし、ゴブリンの所持品を調べてそれだけ持っていこう」
「了解、じゃあ早速調べてみるか」
刺殺したゴブリンの傍らに鈴森はしゃがみ込むと、ガサガサと持ち物を漁った。でも特に何も持っていなかったので、死骸はこのまま放置して俺や翔太が落ちた池の辺りにまで戻ることにした。
池まで戻ると、すでに北上さんも戻ってきていた。
そして翔太は、池で身体に取り付いた気持ちの悪いヒルを和希に頼んで1匹1匹取ってもらっている最中だった。
翔太は、物凄く嫌な顔をして溜息をついていた。




