Phase.12 『再転移』
――――金曜日。
ついにこの日がやってきた。緊張、それはここ何年も死んでいた感情。俺は、ドキドキとワクワクで心も身体も震わせていた。
あんな恐ろしい魔物に殺されかけるという、とんでもない恐怖体験をしたのに……とても不思議だった。
職場では、翔太は相変わらず怪訝な顔をしていた。それもそうだろう。月曜日、俺は野良犬に噛まれ病院に行った。あの日から、俺はよそよそしくなりつき合いも減った。
きっと、何かおかしくなったと思っているだろう。でも、もう少しだけ待ってくれ。今は、翔太にこの話をする訳にはいかない。そのうち、話せるようになって、尚且つ翔太が望むのであれば話そうと思っている。もう少し、気持ちの整理をさせてほしい。
帰宅途中に大手スーパーによって来た。色々と買い物するものがあるからだ。手には食品やら大量買いした荷物。
我が家に帰宅すると20時近くになっていた。俺は直ぐにシャワーを浴びて布団に入る。あーーー、ドキドキする。見てろよ、異世界。見てろよ、狼め。――あのスライムめ。
目覚ましはセットしている。部屋の電気を消して、いざ寝る体勢に入るがなかなかソワソワして眠りに入れないでいると、子供の時の記憶が甦る。
小学校の時に、遠足に行く前日の感覚だと思った。しかし、俺のやろうとしている事は遠足とかというそんな、のほほんとしている事じゃない。命がけ……だから、余計に異世界への期待と不安でおかしな感覚になってしまっているのかもしれない。
1DK、リビング兼寝室に布団を敷いて横になっている俺。
その俺の隣には、部屋の4分の1位を使用して大量の荷物が置かれていた。俺がこの一週間、ずっと異世界へ行くのに……あの丸太小屋を俺の異世界での住処として……拠点とするのにどうすればいいか考えてネット通販サイトの『jungle』や『悦天』、近所のスーパーなんかで必要だと思った物を買いそろえたものなのだ。
異世界に行く為の準備に使った出費――ここ何年かを振り返って見てもありえない位に散財してしまっている。だけど、これは仕方がない。初期投資みたいなもんだと納得している。
いつまでも、色々と考えてしまう。興奮している。だけど、いい加減眠らねばと目を閉じた。
――――気が付くと、目覚ましの頭を勢いよく叩いてアラームを止めていた。……ね、眠い。それもそのはず。時間はまだ夜だった。2時30分。それでも、そこそこは眠れたかな。
気合を入れて起き上がると、部屋の電気をつけて顔を洗い、歯を磨いた。そして動きやすくて丈夫でポケットの沢山あるカーゴパンツにTシャツを着る。上着も羽織り、タオルを二本出して一本は首に、もう一本は頭に撒いた。
ネット通販で買ったホルスター付きのサバイバルナイフ5本。それを4本腰のベルトに装着し、鉈と懐中電灯も同じように装備した。
因みにサバイバルナイフの残り一本は、色々と吟味して1.5メートル程の棒の先端に縄とテープでしっかりと巻き付け固定して槍を作った。棒は、わざわざ水道橋にまで仕事からの帰りに寄って買いに行ったものだ。
武道具専門の店で、棒術で使用する樫の木で作った丈夫な棒だそうで2万円位した。……ただの棒ではないのだろうが、俺にとっては棒に2万円も出費するなんてかなり勇気がいる決断だった。だが異世界での俺の命を守る為の相棒になるのだ。ぐぬぬ。これも、必要経費。
その水道橋の武道具専門店では、空手で使用する脛サポーターも購入した。脛だけでなく、足の甲から足首、膝の辺りまで守られているもの。レガースっていう、もっと強固なものがあったがそれをつけて走ったり作業したりするのはどうかと思ったので、サポーターにした。因みに、購入した理由はもちろん狼対策だ。また、あの痛みを足首に負いたくない。
寝袋や毛布の乗せた大きなザックを背負い、木刀とお手製の槍を背負う。更にパンパンに中に荷物の詰まったバックを両手に持つと手首に引っかけて、スマホを取り出した。
「あはは。こんな状態で外に出れば、即通報されるか職務質問をされて交番に連れていかれるな」
だが問題はない。俺はこの自宅からは一歩も外には出る事はないのだから。この部屋から異世界へと転移する。
自分が緊張しているのが解った。ビビるな。今度は武器もある訳だし、備えも万端。今度は奴らが俺を恐れる番だ。俺はスマホの画面をタッチし、『アストリア』を起動させた。
「さあ、行くぞ!! リベンジ開始だ!! かかってこい、異世界め!!」
夜中の3時。街の多くの人が眠るこの練馬の街で、俺は他の誰よりも今興奮をしていると思った。
『アストリアへようこそ。あなたをアストリアの世界へご招待します。アストリアは美しく幻想的な異世界ですが、魔物も存在し危険な世界です。それを理解していると共に承諾し、異世界へ転移しますか?』
▶yes no
ピコンッ
気が付くと、俺は大量の荷物を持ってだだっ広い草原に立っていた。異世界は夜、腕時計を見ると3時――やはり、もとの世界と異世界の時間はリンクしている。夜空には、二つの月。
振り返ると、そこにはあの女神像がありこの草原は、俺の初めてこの世界へ来た時に来た草原で間違いないと思った。
「よーーし!! やってやるぞ!! 見てろよー、今度はしっかりと準備してきたんだ。そう簡単にはやられないからな」
息まいていると思った。だが悪くはない。こんな人気のない、大自然が広がる魔物が徘徊する異世界で一人いるのだからこの位気持ちがあがっている方が丁度良いと思った。
遠くの方、周囲を見渡すと見覚えのある風景が広がっている。そして、いくつかの森と、あの丸太小屋のあった森を見つけた。あれだ。
「あれだな……真っ直ぐあそこまで歩いて、あそこから森に入ってまた真っ直ぐ行けば丸太小屋のある拓けた場所に出るはずだ」
俺は狼の群れが向かってきたり、スライムが目の前に現れないか周囲を十分に警戒しながら森の方へ足を進めた。今のところは、そんな気配はないようだ。でも、決して油断はしないぞ。




