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Phase.11 『あれから』




 ――――あれから数日が過ぎていた。


 俺はまた、これまでの人生同様に練馬区にある築60年の凄まじく年季の入った木造アパートから高円寺にある職場までの、なんの面白くもない行き帰りの毎日を繰り返している。


 いや、同様というのは間違いか。


 あれから、俺の人生は大きく変わっている。そりゃ、他人から見れば全く変わっていないのかもしれない。だけど、俺の中では大きく変わったのだ。


 オンラインゲームも誰かと一緒にイベントやらなんやら参加し遊ぶといった事を、ここ数日は何もしていないし誘われても断ってログインすらしていない。翔太からすれば、人づきあいが物凄く悪くなったという感じになっているかもしれない。


 ……だが、それも仕方のないことだった。


 この間の日曜日、俺は物凄い体験をした。あったらいいなと想像した事はあったけど、それは憧れであって本当に異世界が存在するなんて、まるで信じちゃいなかった。しかし俺は、異世界があることを知り、実際に行ってその世界を見てきたのだ。


 そしてそこで、魔物にも遭遇した。スライムにも襲われたし狼の群れにも出くわして、もう少しで殺され食べられるところだった。


 あの時に、負った足の傷――


 結局、あの日は必死で走って奇跡的に森で見つけた小屋に逃げ込んで助かったが、そこで朝まで過ごす事になり、なんとか森を抜け出して女神像を見つけて、もとの世界へと戻ってくる事はできた。だけど、案の定会社を遅刻する羽目になってしまった。


 でも、実を言うともっと急いで会社に行くことはできたのだ。そうすれば、あの嫌みな課長の山根にねちっこく色々と言われる事もなかったかもしれない。まあ、遅刻しなくても嫌みを言って来るのが山根なんだけど。


 じゃあなぜ、もっと急がなかったのか……それにはちゃんとした理由があった。


 狼に喰いつかれた右足の足首が激烈に痛かったからだ。出血も止まらなかったし、不安になって月曜日の朝、異世界から我が家に戻った後、一旦シャワーを浴びて包帯がないから清潔なタオルを傷口に巻きなおした。


 それからは会社に遅れると連絡を入れて、病院に行き5針も縫った。会社や医者には、野良犬に噛まれたと説明したけど、普通に皆信じてくれた。


 傷口は、化膿もしていなかったし変な病気とかに感染したりとかもなかったので良かったと思う。医者が言うには、完治すれば傷跡も綺麗に解らなくなるというし。


 あれから、俺は異世界へは転移していない。翔太にも、まだこのことを話してよいのか悩んでいて話していないし、誰にも話せないでいる。


 あの狼の群れに追いかけられた事、追い詰められた時の事を思い出すと、今でも身体が震える。だけど、それは恐怖だけではなかった。


 小屋へ逃げ込む時に狼共に捕まりかけた。もう駄目かもって、何度も思った。だけど必死になって、狼の餌になってたまるかと抗って最後まで抵抗した。そして、思いきり木刀を振って噛みついてきた狼に一撃を入れた。


 ……あの感触。高揚感。それが忘れられなかった。


 毎日毎日、やりがいがあるわけでもなく生活するために惰性で続けている仕事と、休みの日は部屋に籠ってゲーム三昧の毎日。それでもいいと思っていたけれど、何か息をしていないような感覚に襲われる事もある。


 あの異世界の名前はきっと『アストリア』っていうのだと思う。まだ、上手くは言えないけれどあの『アストリア』にいる時、俺は生きているって意識が強くした。

 

 ……でも、あれから数日間、一度も俺は『アストリア』には転移していない。


 それにも、もちろん理由があった。


 ずばり言うと、俺は今またあの異世界『アストリア』へ行く為に、万全の準備をしていたのだ。


 考えてみればあの森にあった俺を守ってくれた丸太小屋。あれは、物凄く頑丈そうな小屋だった。あそこを俺の異世界での拠点にして、あの世界がどうなっているのか、どういう所なのかを調べてやる。


 それは凄く危険な事なのかもしれないけれど、人生は一回。普通では、考えられない経験ができるのであれば……俺は……


 こんな冒険、逃したらきっとこの先再びまたなんて事は訪れないだろう。


 それなら、どうするかは決まっている!!


 




 ――――月曜日、病院に行き会社へ遅刻。それから毎日真面目に仕事に勤しむ。


 翔太は、なんで俺が一緒にやっているオンラインゲームにログインしなくなったのか、何度も聞いてきていたけど、今は他にやる事ができたからと言って誤魔化した。


 仕事が終わり、帰宅してからも俺はゲームもせず、アニメやテレビも見ずにずっと異世界『アストリア』の事を考えていた。


 次の休日、俺はまた『アストリア』に挑む。その為の準備を毎日仕事から帰宅してからちょっとずつ進めていた。どうするか? どうすればいいか?


 ネット通販『jungle』でも色々と必要だと思うものを買いそろえた。とりあえず、準備も計画もできあがっていく。


 俺はあの狼の群れに襲われて逃げ込んだ、森にあった小屋を拠点として住処にする。住めるのはきっと、会社に行かなくていい休日だけだけど……


 思い出すのは、あの埃だらけの散らかった小屋の中だ。まずは、あの小屋の中から掃除を始めて、住みやすくて居心地の良い住処に変えなければと思った。あの丸太小屋なら、魔物に襲われても逃げ込んで立て籠れる。狼やスライムなんかの力じゃ、とても破壊する事もできないだろう。


 小屋の中の掃除、環境作り。それと、小屋の出入口になっている扉に鍵を付ける。そこから、手を付けて行こうと思った。


 そうそう。転移場所のあの草原にある女神像から森の中にある小屋まで、リスクを負わずに到着できるようになればもっといいんだけどな。


 でもそれは、計画を焦りすぎている。今は無理だろう。だから、とりあえずそれは頭のすみに置いておいて今後の課題にしようと思った。


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