Phase.102 『ブルボア その1』
北上さんの放ったコンパウンドボウの矢が、猪の魔物の頭部を確実に射貫いた。それで猪の魔物は、一気に大人しくなった。
――今だ!!
俺と翔太と鈴森は、3人掛かりで猪の魔物を取り囲み確実にその身体に剣を深々と押し込んで止めを差した。翔太が柵の内側へ向かって声を張り上げる。
「ナイス、美幸ちゃん!!」
美幸ちゃん――北上さんの事。因みに大井さんは、海さんだ。
「なんとか間に合って良かった、ブルボアは人間を見るなり敵意を剥き出しにして襲って来るからね」
ボルボア? 北上さんが今そう言ったが、この魔物はそういう名前なのか。はっとして、スマホを取り出すと【鑑定】のアプリで猪の魔物を覗いた。
確かに名前は、ブルボアと表記されている。興奮しやすく好戦的で危険だとも……そして、その肉は脂身が多いがとても美味いとも――
「北上さん!! ブルボアを拠点内へ運び込むからそこの柵を移動させてくれ。翔太、鈴森、手伝ってくれ。こいつを運び込むぞ!」
「おおー、解った! 任せろ! ほら、孫いっちゃん、早く!!」
「オイ、翔太お前……さっき俺がこの猪野郎の突進喰らって吹っ飛んだの見てたよな! もっといたわれよ」
「え? 大丈夫そうじゃん。吹っ飛んだ時も見事に宙にあがってたろ。フワってな。思わず孫いっちゃんの背中に翼が生えたのかと思ったぜ、ヒャヒャヒャ、て、天使に見えたよ、ヒャヒャ」
「翔太……貴様……」
鈴森を馬鹿にする翔太と、それに対し怒る鈴森。鈴森がブルボアに跳ね飛ばされた時に、どうしようってかなりビビったけど、このやり取りを見る限りでは大丈夫そうだ。良かった。
「翔太も鈴森もそのくらいにしろ! 続きは後ですればいいだろ。とりあえず、柵の外は危険だ。よく解ったろ? さっさとこのブルボアを拠点内に運ぶのを手伝ってくれ」
二人は頷いた。北上さんが柵を動かすと、北上さんも加わり4人掛かりでブルボアの身体を引っ張って、柵の内側へ引き込んだ。かなりの重量だ。これだけ重い肉の塊が、鈴森にロケットみたいに突っ込んできて、よく鈴森は無事だったと改めて思う。
当たり所が悪かったり、飛ばされた先に岩があったり、こいつの牙で裂かれていたらと思うとゾッとする。
柵をもとの位置へ戻すと、4人で横たわるブルボアを眺めた。翔太が言った。
「こ、こいつに、佐竹さん達はやられたっていうのか? だとしたらまあ解る。外でこんなのに襲われたら、ヤバそうだしな。佐竹さん達は銃とか、美幸ちゃんみたいな強力な飛び道具も持っているように見えなかったしな」
「かもしれない。かもしれないが、正直俺はちょっと腑に落ちない」
「なんで?」
「佐竹さん達、結構チームワーク良くて手馴れていただろ? 小屋と柵作りを手伝ってもらった時に木の伐採もお願いした。その時に、ウルフの群れに襲われた。危ない所もあったけど、きちんと身体も動いていたし、連携できていた。あとここから南西にあったっていう古戦場。そこで見つけたあの立派な盾を、佐竹さんと須田さんは持っていた」
鈴森が溜息をつく。
「そうかもしれないが、そうじゃないかもしれないだろ? もしブルボアがこいつ以外にもいたとしたら? 3匹程いて、そいつらが佐竹って人を襲った。それなら全滅も合点がいくんじゃねーのか? まあ俺はそんなの知らんけど」
……確かにそれはそうだ。言われてみればそれも可能性はある。
「それで、どうするんだ? リーダー」
不機嫌な感じでそう言った鈴森に、翔太が軽くパンチを入れた。さて、どうしよう。
「とりあえず、どちらにしも小貫さんがちゃんと意識を取り戻せば、何があったのかだいたいの事は解るんじゃないのか?」
「まあ確かに」
「それじゃ、ブルボアももっと敷地内の奥側に移動させよう。柵近くで解体すると、外側に血のニオイが漂う気がして嫌なんだよ。何かおっかないものを呼び寄せてしまいそうでな。ウルフだってこの辺りではよく目撃するし、やってくるかもしれない。だからもう少し奥まで移動させるのに手伝ってくれ。それが終わったら、鈴森はその傷を誰かに見てもらえ」
「いらん、大したことはない」
「え? あんなに吹っ飛んだのに?」
また喧嘩しようとする翔太と鈴森。北上さんが「コラーー、さっさと移動させちゃおう! 移動させたら解体もしないと駄目なんだよ!」と言った。すると二人はシュンとして、ようやくブルボアを運ぶ為の配置についた。
「それで、何処に運ぶ?」
「そうだな……」
『異世界』にやってきて、まだこの丸太小屋を見つけたばかりの頃、森や草原に生息している鹿や兎を見て、狩りをしたいなとは思っていた。
狩りをした事もない、毎日PCと向き合ってばかりの俺では、結局簡単にはいかないなと思っていたんだけどな。4人でだけど、こんな大物を狩ってしまった。オマケに兎も1匹。
「よし、この際アレだ。いいタイミングだから解体場所を決めようか。これだけ柵も広げて敷地もあるし、場所には困らないだろ」
「いいな、それ!! なんかワクワクするな! でも解体作業するってなると、井戸が近い方がいいのかな」
翔太の言っている事は尤もだ。だけど井戸の水は飲み水だし、そこから近すぎる場所って言うのも衛生的にどうかと思う。
俺は敷地内にある大きな岩の一つを指さして「あそこに運ぼう」と言った。




