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Phase.01 『前日』




 ――金曜、朝。目覚ましを止める。――起床。


 毎朝ただ天気と時間を見る為だけにつけているテレビ番組にチャンネルを合わせると、それを垂れ流しながら顔を洗って歯を研く。


 珈琲を入れている時間なんてない。鍋に水を入れて火にかけると、マグカップにインスタントコーヒーの粉を入れてお湯が沸くまでに、昨日職場からの帰路にコンビニで買っておいた菓子パンをかじる。


 もっむもっむもっむ……うん、うめえ。


 インスタントコーヒーができあがると、それを飲んで家を出た。スーツに着替えたり、髪の毛を整えたりそういうのは珈琲を飲んでパンを食べながらこなしていく。


 なぜ、そんな器用な事をしているのか――答えは単純、時間がないから。


 じゃあなぜ、時間がないのか? そう、少しでも朝は寝ていたいからだ。すると、なぜ少しでも寝ていたいのかという質問が続く。こんなに質問を続けたくなければ、前日余裕をもって布団に入ればいいだけの話。でも、それは簡単そうで俺には難しい事だった。


 そして早く寝る事のできないその理由も、もう質問をわざわざ投げかけられなくても、自分自身十分に自覚していた。そう、夜遅く……毎日3時半位までネトゲをしているからだった。


 だって、ネトゲおもしれーんだもの。今の俺の全てだ。


 椎名幸廣(しいな ゆきひろ)。31歳、会社員。万年平社員。独身っつうか、彼女もいねー。過去にいた事はあるけど、なんだか痛々しくて「俺、彼女いたし」とか言うのも今更恥ずかしいというか、言うだけ虚しいと思った。


 上京してきて10年以上が経過している。最初は色々な夢を持って東京には出てきた。だけど今はネトゲ以外はなにもねえ。……いや、深夜アニメとかそういうのは好きだ。……いわゆるオタク趣味。だけど、例えばこういう仕事がしたいとか、こういう夢を持っているとかそういうのはもう消えてなくなった。


 子供の頃は、冒険家になりたいーっとか、映画監督になりたいーっとか、警察官になりたいーってあったはず。……はあ、でも今の自分の仕事……もう何でもいいよ。


 今は毎日の平穏が続いていて飯が食えて風呂が入れて、それで大好きなゲームができてアニメが見れればそれでいい。そんな毎日を爺さんになるまで送っていければいいなと思っている。


 だって、俺の輝ける場所はこの世界にはないのだから。それを自覚するまでに31年もの歳月がかかってしまった。


 俺が唯一輝ける世界、それはネトゲの中。そして、アニメ視聴や趣味に没頭している時こそが、嫌な事も不安な事も何も考える事がなく平穏な時間だと思った。幸せな時間……


 俺の住んでいる築60年を超える3階建て木造アパート、201を出ると階段を下りて通りに出る。それから最寄りの練馬駅まで歩くと地下鉄で東中野駅まで。そこからまた電車を乗り換えて高円寺まで行って下車すると駅から徒歩20分の場所に勤務地があった。


 会社のビルらしいけど、ぼろい5階建てのビル。エレベーターで3階まで上がり、突き当りの扉を開くとデスクとPCがずらっと並んでいる部屋があった。


「おはよーっす」

「あっ、おはよう」

「おはようございます」

 

 来るときに買っておいた缶コーヒーをデスクの上に鞄と共に置くとPCの電源を押して起動した。


 ――今日も長い一日が始まる。もう……こんな退屈な毎日、うんざりだ。でも、今日は金曜日。今日を乗り切れば休日が待っているのだ。


「ユキー! まーた暗そうな顔してんなー。それとも、アレか? またゲームのやりすぎで寝不足か?」

「えー? あ、まあな」

「やーっぱりか、このゲーマーが」

「って、それはお前もだろ」


 早速仕事を始めるなり喋りかけてくる隣のデスクのこいつは、秋山翔太(あきやま しょうた)。この会社に入社したのはこいつの方が1年遅かったけど、歳もタメだし同じオタク趣味で気が合う奴。たまにうざい時もあるけど、それでも俺の上京(こっち)でできた少ない貴重な友人だった。


「昨日も4時近くまでやってたからなー。そりゃ眠いよ。まあでも、今日乗り切れば休みだし、頑張ろうぜ」

「そうだな。そう言えば今日、仕事終わったら飲みに行かねえか?」

「はあ? 今日はログインしないのか?」

「家に帰ったらするに決まってんだろーがよ。だけど、飲みには行こ―ぜ、ユキー」

「解った解った、それじゃそれまでお仕事頑張りますかー」

「土日はどうすんだよ? 土日もオンラインの世界か? まあ俺はそうするつもりなんだけどな」

「そうか、うーーん。まだ考えてないー」


 そんな会話をだらだらと続けていると山根課長に怒られた。


「おい! 秋山、椎名!! いつまでもくっちゃべっていないで、仕事をしろ! いいな、仕事をするんだ!! いくら出来の悪いお前らでもそれ位は解るよな? 給料をもらう為にはどうすればいいかをな!!」


 翔太が「はいー」と言いつつも、山根課長が見えなくなった所で変顔をしていた。ささやかな抵抗か。


「ちきしょー、山根のやつイビりやがって」

「おい、翔太やめとけって」

 

 俺は溜息をつくと、缶コーヒーを一口飲んで仕事に没頭した。


 俺の仕事は、データ入力の仕事。ひたすらPCを使ってデータの入力していく。ずっと数字や文字を内容の訳も理解しないまま、誤字脱字や入力ミスがないかだけに意識を振り絞る。たまにそれで、発狂しそうになりそうになるけれど、そんな時には気を落ち着ける。ミスしないように入力するデータをしっかりと目で追って確認し打ち込みながらも、オンラインゲームの事を考えていた。それで、耐える事ができた。


 出勤してからの労働時間は9時から17時。今日は定時に終える事が出来た。早速翔太と、一つ隣の中野駅の方へ飲みに繰り出していつもの焼き豚屋に入ってオタク話に花を咲かせた。


 それから練馬にある築60年の俺の住むアパートに帰って来これたのは、22時を回ってからだった。


 うちに戻るなり、服を脱いでシャワー。出たら、缶ビールを開けて一口……PCの電源を入れた、。それからまた次の日の朝方までオンラインゲームをやり、気が付くと土曜日の夕方まで眠っていた。


 こんな生活を何年も繰り返している。だって、親はここにはいないし俺には妻や子供いなし、同棲する彼女もいないのだ。プライベートでは、俺が何をしようと俺の勝手。この築60年のおんぼろ木造アパートの201号室が俺の城であり世界なのだ。自由な世界。何をしても、どういう生活をしても誰にも何も言われない。


 それでいいと思っていた。


 だけど、ついに30歳を迎え31歳になる今、それでいいのだろうかとやや危機感を感じ始めていた。


 土日はいつも、俺は家にこもってゲーム三昧。


 ……このまま俺は、歳をとっていってもいいのだろうか……


 この閉鎖的な生活に若干の危機感を感じた俺は、土曜夕方に目覚めた後にアニメを数本見ながら飯を食べ、いつものようにオンラインゲームにログインはせずに、珍しくシャワーを浴びて直ぐに布団に入った。


 そして翌朝、早朝から秋葉原へと向かった。


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