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宝石姫

弟子の後悔と崩壊への足音

作者: みなと

 サルフィリの誤算は、まず自分と孫であるナーサディアやベアトリーチェを同等に扱ってほしいと一瞬でも思ってしまったことだろう。

 そう思った理由として、レイノルドが彼女以外を弟子に取らなかったことが要因の一つである。単純にレイノルドは同時に何人も育成することを苦手としていた、というのが本当の理由で、彼からもきちんと説明してもらっていたにも関わらず、いつしか頭からすっぽ抜けていた。


 次の誤算は、ナーサディアが想定よりも遥かに淡白な反応を示したことだ。人が良いと聞いていたから、これもまた決め付けていた。『ぬくぬくと育ったお嬢様だから拒絶などできはしない』と。

 ぬくぬくと育った、という大前提そのものが間違っていることに気付かされたのは、ナーサディアがウォーレン王国を出ていったという報告書をレイノルドが読んでいたから。

『なんだ、またあのお嬢様の報告か』と思っていたらとんでもない内容で、正直サルフィリは戦慄した。

 国全体から笑いものにされ、両親からも虐待を受け、ただ一人の姉妹からも気にかけられず一人ぼっちで育っていた、と。彼女の面倒を見ていたのは彼女が追い出された先に配属された使用人たちだけ。本邸所属の使用人たちは、ずっとナーサディアを指さして嘲笑っていたのだから。

 その境遇で育ち、意志をしっかりと持ち続けるだなんて自分には出来ないと反省したところで時すでに遅し。ナーサディアが差し伸べてくれていた手を払い除けたのは他でもない自分自身。


 そして、最大の誤算は自分を助けて匿ってくれたベアトリーチェの狂気を見抜けなかったこと。

 年下だからと侮っていた。レイノルドの孫で、弟子である自分に対しては親切にしてくれるだろうと、思い込んでいた。

 カレアムに行った、という話をしたらナーサディアのことを聞かれたので答えた。

 主観だらけの嫉妬にまみれたことをつらつらと話していたら、いつしかベアトリーチェの逆鱗に触れたらしい。

 いつか昔、レイノルドが教えてくれていた。孫二人、魔法の才に溢れていると。魔力の量も相当なものだ、と。

 身内贔屓だと思っていたら、その実力を見せつけられた。

 髪を掴んだと同時にサルフィリが悲鳴を上げたとしても周りに聞こえないように防音魔法を、更には重力魔法も同時展開して顔面を床へと叩きつけられた。

 二十歳を超えるサルフィリをいとも容易くそうしたのだから、筋力強化も同時展開していたのかもしれないが、あまりに流れるような魔法の展開に目を丸くした。叩きつけられた顔面の痛みなど、気にならないくらいに。

 顔を上げたサルフィリを見据えていたのはとてつもなく怒りに満ちたベアトリーチェ。


「誰の身内を馬鹿にし続けているのか、そろそろご理解なさったらいかが?」


 その言葉に体全体が冷えきってしまったような感覚におそわれた。そうだ、この人はあのナーサディアの双子の姉妹。

 今でこそ離れてしまっているが二人は大層仲良しで、いつも、何をするにも一緒だった、と聞いている。その人の前で堂々と馬鹿にし続けていた。


 蛇に睨まれた蛙、とはきっとこういうことか、と身を以て体験した。


 震える暇もなく、言い訳させてもらえる暇もなく、姿見の水晶を奪われ、城から叩き出された。

『おじい様の弟子を騙る詐欺師』と言われたが、今のサルフィリが大魔導師の弟子だということを知る人は限りなく少ないし、師であるレイノルドがそもそも一緒では無い。


「…どう、しよう…」


 ふらふらと、街を歩きながら呟く。

 周囲を見渡し、とりあえず何か食べようと思って露店を探すが、これまで活気に満ちていた街が、どことなく静けさで満ちていることも恐ろしかった。

 どうしてこんな事に、と考えているとあちらこちらから聞こえてきた人々のささやき。


「あれだろ? 貴族が何かやらかしたんだろう?」

「そうそう、カレアム帝国をひどく怒らせたって…」


『カレアム帝国』という単語に、小さく息を呑んだ。


「何でも、一人の女の子を貴族全体でいじめ倒したらしいぞ」

「はぁ?!」


 人々は言葉を続ける。


「しかも、それが伝説の宝石姫?とかっていうお人だったらしい…」

「御伽噺じゃねぇのか!」

「まさか…」

「そのまさか、だよ!」


 サルフィリの中でもパズルのピースが次々合わさっていくのが分かる。

 そうか、自分が馬鹿にした人は、それほどの人だったのかと今更ながら改めて理解した。


 ただ、守られているお嬢様だと決めつけていたが、持ち得た特殊すぎる能力から『守られるべき特別な存在であった』ということ。

 しかも今はカレアム帝国で保護され、この国で受けていた仕打ちなど何も無い、平和なところでようやく穏やかに過ごせているのだということ。


 その人を、貶した。馬鹿にした。侮って、侮辱もした。


 今更ながら、ティミスやレイノルドに殺されてもおかしくなかった。それだけのことを言ったし、やった。


 こちらに戻される前にレイノルドに言われた言葉が、重く心にのしかかる。


『お前は、変わることなど出来はしない』


 自分のことが最優先で、どうしようもなく今の地位にこだわり、師へのこだわりもことさら強い。あぁ言ったということは、少なからずレイノルドはそういった人間を知っているということ。

 その人たちも、何も変わらなかったのだろうか、とぼんやり考えてみたけれど、知らないから分からない。


 いや、知ろうとなんてしていなかった。


 いつも自分が最優先で、大切で、満足出来ればそれで良かった。これから先に変われるのか?と問われれば、答えは『分からない』だ。

 どうやって変われば良いのか分からない。どうしたら良いのかすら、いい歳をして分からない。


 分からないだらけの思考回路の中で繰り返されるのはレイノルドの言葉。そうか、こういうことか、と納得した。

 だが、不意に聞こえた言葉に弾かれたようにそちらを見る。


「大変だよな、大魔導師様も居なくなったんだろう?」

「そうそう!なんでも、『この国に仕える意味が無い』って仰ったらしいぞ!」


 本当に、国まで捨ててしまうだなんて思っていなかった。

 レイノルドは、こちらを見捨てたとはいえ優しい人だから、いつか許してくれて、笑いながら『仕方ないな』と迎え入れてくれると信じていた。なのに、それももう叶わなくなってしまったではないか、と思うとどうしようもなく腹が立った。


 これが身勝手な思いだとは気付かず、サルフィリは静かに決意をした。


 大魔導師たるもの、身内に言われたからといって勝手にその役職を降りることなど許されるなどあってはならない。

 弟子の私をほうっておいて、どうして孫だからとアレを贔屓するのか。

 胸の中をぐるぐると駆け巡るどす黒い感情は留まることを知らない。


「迎えに、行かなくちゃ」


 うふふ、と笑ったサルフィリを、通行人は訝しげに見て通り過ぎていく。


「ベアトリーチェ様にはナーサディアがどれほどまでに愚かなのか、…レイノルド様がどれほどまでに素晴らしいのか…。身内だからこそ、見えてないし、分からない」


 あまりに身勝手なことを呟いて、足元に魔法陣を拡げた。

 転送座標は、もちろん転送されてきたカレアムの宮殿。レイノルドの気配やナーサディアの気配を辿れば良いのだと、魔力を展開していく。

 今から行く、という気持ちだけを込めて街中にも関わらず転移魔法を使おうとした瞬間に、弾かれた。


「……?!」


 なに、と呟くが同じ座標に繋ごうとしても先程のように魔法陣が展開できない。


「…誰よ…こんな、ことしたの…!」


 忌々しげに問うが、答えなど返ってくるはずもなかった。

 まずは足を動かすしかないと、足取り重く歩き始める。どこか、違うところから再チャレンジしてやろうと思いながら。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「阿呆め」


 こちらへ繋ごうとした転移魔法を即座に打ち消したのは、勿論レイノルド。

 ナーサディアへの魔法教育を行いながらやったので、それを見ていた人物は多かった。


「おじい、さま」


「気にするな、ナーサディアよ。…あぁ、ついでに転移魔法の打ち消し方も教えてやろう。己の身はある程度守れるようにならんといかんからな」


 にっこりと微笑んでいるが、温かさは感じられない笑みだった。

 言いたいことは何となく分かるし、今誰が無理やり転移してこようとしていたのかも分かってしまった。


 返した後で、きっとまたこちらに来るだろうと予測していたレイノルドが正解だった。

 そうまでしてレイノルドに執着するのは何故なんだろうと思うが、ベアトリーチェも同じようにナーサディアに執着していたな、と思い出す。


 ベアトリーチェが、どうやったら自分(ナーサディア)を諦めてくれるんだろうと、叶いそうにもない思いを抱きながら魔法の実技に戻ったのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] サルフィリは最初、空気が読めないだけのお人好しな人かなぁと思ったらとんでもないキャラだった。 読み進めていくと「お前、師匠から何を学んできたのよ!?」とツッコミ入れた程でした。 色々思うとこ…
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