第7話 放課後デート?
俺は紙袋女…東郷と放課後デートする約束を勢いでしてしまった。もちろん誘われたのは俺の方。
待ち合わせの場所は学校から少し離れた公園だった。俺は正直言って最近引っ越してきた人間なので全く土地勘が無かった。のを見越してか、東郷は俺の携帯をぶんどってからテキパキとSNSに登録した後、駅から公園までのマップを送りつけてきた。
お陰で迷うことも無く、目的地まで誘導されていく。辿り着いたそこは、町中の空き地ではなく割と広めのしっかりとした公園だった。ただ子供の遊び場と言うよりも散歩とかで来ている人の方が多い気がする。
言われた通り噴水が正面にあるベンチに腰掛けていると遅れて東郷がやって来た。
「ごめん、待った?」
「いいや、さっき着いたところ。」
まるでデートの待ち合わせの様な会話をして…。
「あ、それじゃあ私トイレで着替えて来るから待ってて!」
「お、おう。」
東郷は荷物を持ってトイレに駆け込んで行った。
俺は落ち着かない感じで一人スマホを弄っている。もちろん何も頭に入って来ない。
ひと知れず女の子と待ち合わせして、テンプレートな会話をした時点で大谷の脳みそは限界を迎えようとしていた。
なんとなくぼけ〜っとしていると「お待たせっ!」と声がかかる。パッと声の方を振り向くと。
「エッ!?ダレ????」
俺に声をかけたのは紛う方なき美少女だった。髪は短くクセがあり、金色ではなく…どちらかと言うとベージュ。整った目鼻立ちと澄ました様な落ち着いた雰囲気で…制服のセーラー服がよく似合っている。よく見ればスタイルもイイ、この人はモデルか何かデスカ?
「ヒ、ヒトチガイデース。」
俺が待ち合わせしてたのは金髪ツインテ、そしてツンデレ!この人シラナイ!!
「何言ってんのよ、私よ、私。」
「え、その声トウゴウ?」
「そうよ、何がヒトチガイデースよ。焦りすぎ。それとも私がそんなに可愛かった?」
彼女はそう言って俺を笑った。笑われた俺は恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
「そ、そんなに笑わんでもええやろ!俺はお前の顔見たん初めてやぞ!」
「私も今の自分を見せたの初めてだよ?」
東郷は俺に顔をグッと近づける。見せつけて来る。俺は我慢できずに顔を横にそらした。
「どうよ、私の顔の感想は?」
「そ、そんなコトより、ツインテとツンデレはどこ行ったよ。」
「知りたい?」
東郷は自分が被っていた紙袋を取り出して見せた。そこにはツインテールがしっかりと着いていた。
「どこの部族のお面やねん。」
「イイでしょ、可愛いでしょツインテ!」
「お、おう。」
「ツインテールと言えばツンデレでしょ?」
「そうなんか?」
「そうなのよ。」
ここまでくると謎理論が正論に聴こえてくる。可愛いからツインテ、ツインテだからツンデレ。
「なんでや。」
「何でやって…つまり私はMMKなの。」
「何の略?」
「モテてモテて困る。」
「モテてモテて困るんか?」
「困るのよ。まぁここで話もなんだから、歩きましょか。」
そう言って俺は東郷の後を付いて歩いた。最初はどこか落ち着いた所で話でもするのかと思いきや、市中引き回しの刑だと気がついたのはしばらく経ってからだった。
俺は最初、彼女後ろを歩いていたが、途中から東郷が歩くペースを落として俺の隣で歩き始めた。
「なに、もしかして緊張してんの?」
「そんなわけあるか。」
「またまた〜。」
そう言って彼女は俺の顔を覗き込んで来る。それを横目でチラッと目があって…俺はすぐに顔をあさっての方へ向けた。
「私としてはその反応は嬉しいかな〜。耳まで真っ赤だよ。私の事可愛いって素直に言っちゃえよ。」
彼女は俺の肩をガシッガシッと強めに叩いてくる。
ちくしょう、本当に可愛いのが悔しい。こんな事なら紙袋被ってて貰った方が…ってそんな訳にも、紙袋取れって言ったの俺みたいなもんやし。
「世間一般的には可愛いと思うで。」
これが俺が返せる精一杯の答えだった。恥ずかしさと己のプライドを噛みしめながら。そんな俺に対して東郷はこう言った。
「当たり前よ!」
凄いな、普通に言い切りよった。恥じらいも何もなく、純粋に自分でそう思っているのがよくわかる。多分東郷にとって可愛いと言われる事は特別ではないんだろうな…。逆に恥ずかしがってる俺がアホみたいに思えてきた。
「なぁ、どうしてそんな風に喋んのに、普段はあぁなんや?」
「言ったでしょ、私はMMKだって。私を好きになってくれるのは嬉しいけど、それで私の手に負えない争いが起きるのが嫌なのよ。」
「それが紙袋を学校で被る理由か?」
「残念、ツンデレの方。だって普段からツンツンしてる人ってとっつき難いじゃない?」
「じゃあ紙袋は…。」
「そんなの決まってるでしょ、趣味よ、趣味!」
「なるほど(意味わからん)。つまりは東郷にMMK事件が起こった為にそうなったと?」
「簡単に言うとそうなるわね。そして思い知らされたのよ、リアルは二次元を超えられない。私の心では理想と現実のギャップを受け入れる事は困難だった。それは今でも変わらない。多分一生を誰かに夢を見れることは何にも代え難い幸せなのよ。」
なるほど、それだけ東郷にとってはMMKは大きな事だったのかも知れない…けれどもその結果として紙袋を被り、ツンデレに…どうしてその答えに辿り着いてしまったのか、やはりここが分からない。もっと他にもやりようがあったんじゃ…。更にはあまりにも因果に突拍子がなさ過ぎるせいで事の重みが伝わって来ない。
「さて、着いたわよ。」
しばらく歩いた後、辿り着いたのは巨大なショッピングモールだった。そこでフードコートとか雑貨屋とかそういった所に行くのかと思いきや、初手エレベーターで一気に上の階に連れて行かれた。
「映画館…?」
「そうだけど?」
「何か観るんか?」
「これ。」
そう言って東郷はカバンから前売券を二枚取り出した。俺は一枚を受け取り作品を確認すると、そこには有名な特撮映画の題名が書かれていた。へぇ〜、これを観るんだ〜と思ってチケットを返そうとすると、「これから一緒に観るのよ。」と言われた。
「何で二枚持ってんの?」
「特典も欲しいけど、何より二回観る為よ。」
凄いな、同じ映画を二回も観るんか。でもそれを一枚譲ってくれたって事は…。意外とチケット代って学割でも高いしな…。
「チケット代悪いから、せめて何か奢らせてくれ。」
「別に気にしなくていいのに。」
「いや、ホンマに悪いし。」
「そこまで言うならキャラメルがいいわ。」
俺はカウンターで自分の分を含めポップコーンを買った。後飲み物も買った。
その間に東郷は座席の指定…チケットの発券をしていた。
お互いの準備が終わった後、五分後くらいに入場が可能になったので、シアターへと向かう。座席番号を確認してからお互いに席に着いた。
「中々良い席やん。」
たいがい直前に座席指定すると良い席は抑えられている事が殆どなのに真ん中少し後ろの席だった。それに対する俺の言葉に「そうだね〜。」と軽く返した。どうやら既に映画の予告編を見入ってるらしい。
それから本編の上映が始まり、あっという間に時間は過ぎていった。気がつけば陽が落ちて暗くなる時間だ。
劇場から出て、それから下のエスカレーターに乗るまでの間、俺たち二人は会話を交わす事なく、ただただ映画の余韻に浸っていた。
エスカレーターを一つ降りて次のエスカレーターに乗ろうかと思った矢先、「こっちよ。」と東郷に手招きされた。
そうして向かった先にはホビーショップがあった。中には様々な作品のフィギュア、プラモ、レプリカやグッズが所狭しと並んでいた。そこにはもちろんさっき見た映画のフィギュアも特設コーナーに置いてあった。
「何か買うん?」
「見るだけよ。欲しくても手が届かない。」
それから東郷は何も発する事なく、無言でフィギュアの入ったショーケースを眺めていた。その姿を見ていると昔の自分を思い出す。俺も小さい頃はこうやってライダーやロボットとかのフィギュアをガラス越しに眺めてたっけな。東郷の瞳は少年様に爛々と輝いていた。
一つ奥のショーケースの並びの中に美少女フィギュアも飾ってあった。東郷のしゃがんでから斜め上を眺める顔は必死な姿で、今にもショーケースを食い破ろうとしてる様にも見える。
「東郷、何してんの?」
「決まってるでしょ!!パンツ見てんのよ、パンツ!!」
「うわぁ…。」
何言ってんだコイツーっ!?
フィギュアのパンツ下から覗くとかどんだけやねん。マジ引くわ!これじゃあただの変態やん。
「理由を聞いても?」
「見たいからよ!!」
「す、好きなん?」
「好き。最高。公式がどんなおパンツを履かせているのか?それが気になって気になって、夜も眠れない!」
「そ、そんなに…。」
「そうよ。最近はお色気作品でも無い限り、アニメでも重力に逆らったスカートや謎の光が全てを覆ってしまう…。だからこそ私はその向こう側へ行きたいの!表現規制の向こう側へ!!」
「へぇ…。」
「人間、生まれた時は裸一貫!全裸こそ健全!恥じらいは蜜の味なれど、過ぎたるは及ばさるが如し!表現の自由を奪われた国家はいずれ滅びる。これまでの歴史の中で表現規制や思想統制をした奴等に碌な人間はいない!いずれも独裁者かそれに連なる悪党のみ!敢えて言おう、日本こそ東のエデンであると!!」
「そ、そうか…熱意だけは分かったわ。そういえば隣のショーケースにパンツ丸見えのフィギュアがあったで。」
「どれどれ…って、ばっかもーんっ!!大谷、コレはズボンよ!!」
「え!?どう見てもパンツ…。」
「何言ってるの!?どう見てもズボンでしょコレ!!」
「ズボン!?」
「大谷君は歴史を不勉強過ぎるから今度、私が歴史勉強の資料を貸してあげるわ。」
「え?うん。」
パンツの話で何で歴史の資料…アレか?パンツ歴史書でも学んで来いとかそんな話か?これを読めば君も今日からパンツマイスター!!的な?いやいやいや…いくら何でも…でもどんなパンツが載ってるかはすこーし興味ある。すこーしだけ。
俺が少しばかり考えてると、東郷はショーケースを見終えたのか店内の奥へと移動して、戦車、軍艦、ロボット等のプラモデルを見始めた。
プラモのキットを眺めながら東郷は俺にこう言った。
「ねぇ大谷君、誰かにつけられてるわよ。」
「いやいや、そんなまさか…。」
「私には分かるわ。経験あるし。」
「ストーカーの経験が?」
「そうそう美少女のケツを…って逆よ!」
「悪い、それは災難やったなぁ。それで相手はどんな感じなん?」
「多分、うちの高校生で二人組。格好は男子の制服なんだけど…。」
「ん?」
「立ち振る舞いがどことなく優雅なのよね…まるで女優が男装した様な感じ。」
話を聞いた瞬間、先輩二人の顔がよぎった。まさかなぁ…。
「ちなみにこっからこの二人見える?」
「見えるわ。私たちの左斜め後方、イメージとしては八時の方向ね。スマホのインカメ使って見てみれば?」
俺はスマホをいじるフリをして斜め後ろを映すと、そこには同じ学校の制服の二人組が写っていた。あの身長差、雰囲気、何となく見覚えのあるシルエットだ。多分間違いない。
「大谷君、どお?」
「多分先輩達の様な気がする。」
「先輩って、この間一緒にお昼してた?」
「そうそう。」
って、何で知ってんねん。
「あの二人か…ふふっ。知り合いなら怖くは無いわね。それなら私にいい考えがある。」
東郷は作戦を説明した。このプラモデルコーナーの奥にはストーカー二人の位置から丁度死角になる箇所がある。ひとまずそこに逃げ込み、見失った二人を引きつけて背後から強襲するというものだ。
作戦を実行移してみると案外簡単に事が運んでしまった。そのせいか「クックック…狩る側が、己が狩られる側だと気が付いた時の絶望の顔を拝みたいものだ。」と東郷は悪い顔で楽しんでいる。
そして俺たちは二人の背後を取り、東郷がその内の一人の肩を叩いた。
「うわっ!?」と驚いた声を出して、こちらを見る。
「あっ、やべ…。」
「どうしたんだい久利生…あ。」
二人はどうしようもないくらい気まずい表情をしていた。そんな二人を俺と東郷のジト目が襲う。
じぃ〜。
「どうしたんだい君達?もしかして僕のファンかな?」声から察するに皐月先輩がそう言った。凄く棒読みで。
「白々しいですよ。皐月先輩と久利生先輩デスヨネ?どうして俺の後つけてたんですか?」
「どうしてって?面白そうだからだよ。僕らの盟友たる大谷君が女の子とデートするんだ、ついていかない理由がないだろ?そうだろ、紙袋の君?」
「もちろんそうです!!私も盟友たる大谷が女子とデートするなら陰ながら応援する所存であります!!」
あれぇ?身内に敵がいるぞ?
「盟友?お前ら二人付き合ってるんじゃ無いのか?」
「何を言ってるんですか?大谷が私と釣り合う訳無いじゃないですか。」
「まぁそれもそうか。」
とんでもねぇことサラっと言いやがった!?しかも久利生先輩も納得してるし…。なんか傷つく…けどここで反論したら負けな気がする!
「大谷、私この人達と仲良くなれそうな気がするの。だから私に紹介してくれない?」と東郷は小声で俺に話した。なんか腹立つけどしょうがないから東郷に紹介することに。それでかくかくしかじかと説明すると…。
「なるほど、まるまるうまうまなのね。って、三猫院ってあの財閥の三猫院よね!?正真正銘の御令嬢じゃない!?それでいて学園の貴公子的アイドル…。通りで男装してても違和感なくイケメンな訳だ。それで何で大谷が知り合いなのよ!?」
「いや、まぁなぁ…。何でやろな。」
「それと大谷。皐月さんはあのゴミ箱少女の姉よ。」
「え、ぇええええ!?」
「まあね。実はそうなんだ。アレは私の妹なんだ。」
少し複雑そうな表情で皐月先輩は話した。
俺からすればどちらも変人だが、ゴミ箱に関しては先輩なりに思うところが有るのだろうか。
「それと大谷、よく聞きなさい。皐月先輩の家である三猫院家はこの学園の経営母体である三猫院グループそのもの。つまりはこの学園のドンなのよ!!」
「ははは…僕はそんな恐れ多い存在じゃないさ。それに現にこの学校の支配者の様な存在はあくまでも生徒会だ。彼らは選挙によって選ばれる以上、この学園の生徒の意思そのものだからね。今の私はただの一生徒だよ。それに君もそんなに畏まらなくて良いからね。良かったら名前を教えてくれないか?」
「私は東郷薫です。」
「改めまして僕は三猫院皐月、よろしく薫ちゃん。」
「よろしくお願いします!!ちなみに隣の先輩は?」
「ん?あぁ。あたしは久利生貴子だ。」
「貴子先輩ですね!!」
「できれば久利生と呼んでくれ。名前はこそばゆい。」
「分かりました!!それじゃあ私は…。」
「薫って呼ぶよ。」
「さっすが!!久利生先輩分かってるぅうう!!」
お互いに挨拶をしているけど、東郷のテンションがぶち上がってて怖い。いったい何が彼女をそこまで熱くさせるんだろう…。
次第に…と言うか圧倒的な速度で打ち解けていく東郷の姿を見ていると、学校での彼女の姿というのは、やはり歪なものに見えてくる。多分本来の東郷というのはこんな感じで、明るく、多くの人と和気藹々に語らって、それでいて容姿端麗。眩しい存在だと思う。そんな彼女でも環境が違えば、たちまち居場所を失い、本当の自分で居られなくなってしまう。
俺も中学時代は普通にクラスの友達とバカをやって笑いあってた。だから新しい場所でも同じようにって期待してたんやけどなぁ。
「どうしたんだよ、そんな顔して。」
「なんて言うか、先輩達と東郷が早く打ち解けてる姿を見て、俺もクラスでこうできてたらなぁ…って。」
「ま、しょうがねぇ話だな。この学園は変人奇人の集まりみたいなもんだ。普通のヤツが普通に馴染むのは難しい。むしろ頭のネジが一本でも外れているヤツの方がこの学校に馴染めるだろうよ。」
「そんなもんですか。」
「そんなもんだよ。友達増やしたいならマトモなヤツを探して声かける方が手っ取り早い。もちろんそんなヤツが居ればの話だけどな。」
「デスヨネ〜。」
どうしよう、転校の二文字が頭の片隅にチラつき始めた。先輩達と過ごす分には不満は無い。だけど自分が学生生活の中で時間の大半を占めるのはあの教室だ。それに気晴らしに話す誰かが他に居る訳でもない。
最悪だ。
心の中に焦りはある。だけどまだ完全に心が折れた訳じゃ無い。
それでも考えれば考える程に、考えない様にしていた事が、嫌な感情がドブみたいに湧き上がってくる。
あぁ、本当はどうしようも無く学校に行きたく無い。どんなに取り繕ったってあんなクラス嫌や。アレじゃあ皐月先輩の妹を主と仰ぐ新手の宗教やんか。何で転校早々意味の分からない教団の中に放り込まれなくちゃいけないんだ!?
最近の事が走馬灯の様に駆け巡る…と言うかむしろトラウマ…。
結局俺達はお互いの挨拶をして、しばらくだべってから解散した。映画を見終えた時点でだいぶ夜だった事と、皐月先輩の門限が意外と早かった事が重なったからだ。
もしかしたら甘酸っぱい思い出になったかもしれないデートは、俺を最後に苦い気持ちにさせた。
「映画楽しかったな…。」
最近リアルが忙しいのと新しく書きたい短編の構想がいくつかある為、次の話から投稿が遅れ気味になると思いますがよろしくお願いします。