第5.5話 金髪ツインテの紙袋その2
何故私は髪を金髪にしてツインテを結び紙袋を被ってまで学校に行かなければいけないのだろうか?
思い返せば私は割と幸せな人生を送っていた筈だった。小さい頃、小学生の頃とかそんな昔の事は思い出せない程薄れてしまっているが、私は親の薦めで中学受験をしたのは覚えている。勉強はそんなに難しいものでは無いと感じていたし、そのお陰で苦でも無かった。自分の将来とかそんな事は頭の片隅にも無く、親に言われるがママに勉強した。
とは言えそれは別に強制されたものでは無く、私は両親と仲が良かったし、今でも両親が大好きなくらいで…ただただ期待に応えたい、褒められてたい、喜んで欲しい…そんな思いで日々を過ごしていた。
中学受験は見事に成功して合格を聞いた時は凄く嬉しかった。そして私は登校初日に学校に行くと女の子しかいない事に初めて気がついた。それくらい私は無頓着だった。
中学に入ってからも私の人生は順風満帆だった。生まれてこの方親や親戚には可愛可愛いと持て囃され、小学生の頃も毎年同じ様に周りからそう言われてきた。私自身そこに疑いがあった訳でも無く、それがごく自然な事だった。中学でも周りの女生徒達に同じ様に囲まれた過ごした。時折意地悪な子も居たけれど私が周りに悩みを打ち明ければたちまち解決してくれた。本当に良いお友達が出来て私は幸せだった。
それから中学2年生になって私はいつもと変わらず過ごす日常の中で、時折異性交友の話が飛び交っていた。けれど毎日に満足していた私はそれに興味を持つことは無かった。
そんなある日、私は親しい友人の一人に漫画を押し付けられた。何でも親に捨てられそうになったから匿って欲しいとの事だった。もちろん好きに読んで良いとも言われたけれど、暇な時間は小説で事足りていた為、私が読む気は毛頭に無かった。それに友人からの預かり物だから大事にしまっておこうと思ったからだ。それが何の因果かお気に入りの小説を読み終えた時、不意に預かった漫画が自分の目に飛び込んで来た。丁度読む物も無くなったし…と手をつけてしまったのが運のツキだった。
友達はあろう事か十巻程度を私に預けていた。それは特別珍しくもない少女漫画で、内容ももちろん恋愛ものだった。始めは何とも思わず読んでいて、正直言って小説の方が楽しいな…くらいは思っていた。がしかしだ、数巻を読み進めた辺りで男女の関係がヒートアップし始めて…そして私は人生で初めてベッドシーンを目にしてしまった!!
私は全身に電撃が走った様な感覚に襲われた。そして段々と恥ずかしくなり、顔を真っ赤にさせてから漫画をパタンッと閉じた。
そして悶々と日々を時を過ごし、もう開くまい!と思っていた漫画のページを開き、気がつけば全巻を読破していた!?
それから私は漫画を預けてきた友人に読んだ事の報告といつ返せば良いのか?と尋ねた。すると彼女は私に「あ、それ布教よ…じゃなかった、私はもう読まないからあげるよ。」と言われた。
そして彼女は私から漫画の感想を聞き出し、顔を真っ赤にして語る私を見て一言「愉悦。」とだけ言って可愛く微笑んだ。
次の日、彼女は何も言わずに私に漫画の続きを差し出して来た。私は口では遠慮しながらも身体は正直に漫画に手を伸ばしていた。
まさに私にとっては運命であり、ターニングポイントだった。
中学三年に上がる頃に私は高校受験を視野に入れていた。もちろんこのままエレベーター式に女子高に上がる事もできたが漫画によって汚染された私の脳は既に桃色だった…。人間誰しも脳はピンクだろ?とか野暮である。
それからと言うもの私は熱心に両親を説得して、オープンスクールや文化祭等の見学に繰り返し参加した。クラスの友達の噂などを頼りにイケメン比率が高そうな学校をよく漁ったのを覚えている。
そんなある日、今通っている高校に絶世のイケメンが通っていると言う情報を耳にした私は何の躊躇いも無く受験する事を決めた。調べると指定校推薦での受験が可能な事もあり、学力成績共に満たしていた私は面接のみで入学が決まった。
ちなみに今通っている高校は見学も下調べも全くしておらず、校風も学力も何も知らなかった。それに楽に進学を決めてしまった事もあり特に気にもしなかった。
早くに進学先が決まった私は入学までの暇な数ヶ月を漫画で過ごした。
漫画と妄想で頭をいっぱいにした私は入学式当日を迎え、期待に胸が張り裂けそうだった。しかしクラス表が張り出されて向かった先で私の幻想はぶち壊された。
クラスにイケメンが居なかったのだ。
正確に言うと私好みのイケメンが居なかった。それなりに目鼻立ちが整った男子は居たかもしれない。
でも私の心には全く刺さらなかった。
たかが漫画脳に踊らされた私の末路がそれだった。でも後悔はしていなかった。女子高に居てはその出逢いさえ無いからだ。
それでも期待…妄想が大きかった分私の心は大きな傷を負った。
それから先は語りたくも無い。結局なんだかんだあって私は紙袋を被ったのだ。
その後私は様々な作品に触れて自分の心を豊かにしていった。漫画も少女漫画だけで無く、少年誌、青年誌、四コマ等…そこからアニメやライトノベルに至るまで興味がある全てに手を出した。
その中でも有名なSFライトノベルを読んだ直後に、転校生の噂を聞いた。性懲りも無く作品にあてられた私は何の躊躇いも無く突撃を敢行したのは記憶に新しい。
そして声をかけてみたのだか、関西弁以外特に何かがある訳でも無さそうだった。私はまたやってしまった…そう思った矢先、大谷の隣に鎮座しているゴミ箱が脳裏を掠めた。噂には聞いていたがアレは何だ!?紙袋を被っている時点で私も人のことは言えないかもしれない。でも言いたい。アレは何だ?と。
私は家に帰った後、転校早々の大谷がよりにもよってゴミ箱の隣に席をあてがわれている事を思い出す。すると私の脳みそは唐突に動き出し、今まで嗜んだ無数の作品が走馬灯の様に駆け巡る。そんな私の脳みそから算出された答えは「大谷はやはり何かを持っている。」だった。
翌日私は再度大谷への突撃を敢行した。すると隣のゴミ箱は見事に反応した!やはり、やはりそうか!?と私は大きな手答えを感じた。
それからゴミ箱少女の噂を一通り収集していた日、私は気分転換にでも学食を嗜む事にした。私は食券を買った後受け取り口に並んでいると、凄い綺麗な女生徒達と隣を歩くコレまたイケメン女生徒達に目を奪われた。恐らく上級生だろうけど、彼女達が歩くたびに百合の花が咲き乱れるような幻覚に襲われた。
私は気になり過ぎて、危うく注文した狐うどんをお盆からこぼしかけた程だった。それから私は2人を見失わない様に手近な席に早々と座り、2人の行先を見ながら派手に飛び散る汁をも気にせずうどんを啜った。
遂に彼女達が座った。
どうやら相席の様だけど…相手は…。
おおたにぃダァああああーーーーー!?
「ゲフォッ!ゴッホ!ウップ…。」
私は盛大に咽せて危うくうどんが鼻から出るとこだった。そのせいで鼻の奥に炎の匂いが染み付いた様な感覚になる。
嘘でしょ!?まだ転校して来て間もないって言うのに良い匂いがしそうなお姉様方とお知り合いだなんて!!そこら辺のモブ男子なら絶対に有り得ない所業よ!
しかも仲良さげに会話してるじゃない。この世の男女の殆どが高校生の間に異性と交わす会話なんて微々たるものでしかないのに…それをいとも簡単に。あれじゃあまるでライトノベルの主人公だわ。
私は次の日の昼休み大谷の所へ直撃した。そして美人な先輩の話とか諸々を聞く予定だった本当なら…それなのに、それなのに!私はあろう事か会話の切り口をミスり「自分の事どう思う?」とかナゾに哲学的なセリフを並び立てた後、微妙な感じで終わってしまったではないか!?
それもコレも女子中時代の影響で、女子には何の問題もなく話しかけれるのに男子に対しては凄く意識してしまう自分が憎い。最初話しかけた時はノリと勢いで何とかなった…様な気がするけど今回は完全にやらかしたー。
ちくしょーっ、ただでさえ紙袋被ってる変な女なのにコレじゃあ輪をかけてヤバい奴になるじゃん!
はぁ、どうしよう本当に…。
それから私は自分の頭をフルに回転させて緊張しない方法を模索した。その結果、女の子なら緊張しないのならば大谷を脳内で女装又は性転換すれば良いのではないか?と思い付いた。閃いた時は我ながら天才的だと感じた程だ。それから私の乙女回路を作動させて全力で妄想を膨らませた。
結果として私は小一時間ほど笑い転げた。大谷の女装がどう想像しても似合わなかったからだ。どんな服を着せてもダメだった。どんなメイクでも髪型でも…。
そして最後に綿密にシュミレーションしながら大谷をTSした。
「見える…私には見えるぞっ!!」
今までの大谷との出会いの全てが脳内で置換されていく。精神は極限の集中力を発揮して、私の心は徐々に凪いでいった。
世界のあらゆる音が消えその中で自分の鼓動だけが響き続ける。静寂の中で私の妄想だけが星の様に輝いていた。
「そうか、コレが宇宙…世界の真理…!?」
今私の心の眼の前には、一人の少女が立っている。ごく普通の黒髪ポニーテールの少女だ。関西弁を喋り、背も低い。名前を大谷と言う。
「ようやく私も神の視座に至ったか…。」
彼女は高笑いした。もちろん心の中で。彼女の計画…脳内でのリアルタイムでの上書きによる男子との会話の成立化は完璧だったかもしれない。ただ一つ己のコミュ力の過信を除いては…。