第4話 円卓の食堂 その2
先輩方との交流を温めた次の日も俺は何となくお昼ご飯を食堂の円卓で食べようとしていた。
ぶっちゃけクラスよりも食堂の方が居心地が良いからだ。
だ、断じて寂しいとか先輩方とまた会いたいなとかそんなんじゃ無いんだかね!!
そんなことを心の中で呟いていると、そう言えばあの紙袋もツンデレだったなぁ…なんて思い出してしまう。
この間の一件以来特に顔を合わせることも無かったからすっかりと存在を忘れていた。
確かに紙袋の下はどんな顔なのか凄く気になる。でもゴミ箱の一件で好奇心は猫をも殺すと学んだばかりだ。あぁもどかしい。
「ねぇここ空いてるかしら?」
またもや俺は女生徒に声をかけられた。
まさか食堂のこの席は新しい出会いの場なのかもしれないと思って返事をすべく顔を向けると…。
紙袋さんがいた。
「ど・う・し・て!?」
「何よ文句あんの?」
いや、だって…文句も何も言う暇さえ与えずに彼女は俺の前に座った。
それからお互いに特にしゃべることもなくお昼ご飯を食べ始めた。
どうやら彼女はコンビニかどこかでパンを買って来た様で紙袋を取らずに器用に食べている。コッペパンとかならいざ知らず、クリームの乗った菓子パンを袋を汚さずに食べてる辺り相当な手練れとみた。
あまりにその珍妙な姿に思わず釘付けになる。すると俺の視線に気がついたのか急に食べるのをやめてこっちを見てきた。
「何か用?見られてると食べ辛いんだけど。」
「すまん、あんまりにもケッタイな見た目やったから。気いつけるわ。」
「ケッタイって何よ?」
あぁそうか。こっちでは使わんのか。
「えらく上手に食べはるなぁって感じの意味。」
「あっそう。なんか私には嫌味に聞こえたんだけど。」
「気のせいや、きのせい。」
それから沈黙がしばらく続いて、お互いがお昼を食べ終わった後、今度は彼女が俺の方をジッと見てきた。
「そんで、何か用か?」
「別に用って程でも無いんだけど。」
「そうか。」
「貴方は聞かないの?」
「何の話や。」
「紙袋の事。」
「この間似た様なコトで痛い目にあったばかりやし。」
「それもそうね…。」
「なんや?聞いて欲しいんか?」
「……。」
「じぁあええやろ。」
「うん。ごめんやっぱ何でもない。」
「分かった。」
面倒なやっちゃなぁ…。聞いて欲しいのか、そうじゃ無いのか。こんな時は話を適当に流しとくのが無難やな。
「ねぇ、今の自分をどう思う?」
うわぁ…また重タメの質問。
「別に…。見たまんまや。」
見たまんま食堂でボッチ飯決め込む高校生や。
「そう。私も結局は見たまんまなのよ。貴方と同じで。それ以上でもそれ以下でも無い。そうやって自分に当てはめれば分かることが、他者に置き換えた途端に全てが現実から離れて理想や妄想に変わっていく。いつの間にか現実と虚構が入れ替わっているのにそのことさえ人間は気付けない。何故かしら?」
うーん。急にそんなこと言われてもなぁ。全く何も思いつかないけど…。
「隣の芝生は青い?」
「惜しいわね。確かに嫉妬や憧れと言った感情は少なくともそこに存在するけど、その実…自分にとっての現実と理想のギャップを身近に映る他者で埋め合わせしているに過ぎないのよ。そうすれば自分の無力さも悲しみも他者に押し付けることができるから。そうして生まれた暴力的なまでのエゴイズムは自己の中で正当化され、やがては他者を傷つける。」
俺は答えを聞かされた瞬間に全くの別人と話している様な感覚に陥った。それは多分コイツ自身が言った理想と現実のギャップの様に思えてならない。さっきまでツンデレキャラと思い込んでいたコイツ自身に、違う側面を見せられたせいで俺は不意にコイツ自身に勝手にレッテルを貼っていたことを思い知らされた。
何となくそれが気持ち悪いことは分かる。でもそれ以上に今の自分の頭じゃ全く会話について行けてない。
それと紙袋を被った女にこんな話を聞かされるなんてシュール以外の何物でもない。
「何かこう、気難しい話やな。そういう哲学的な話が本当は好きなんか?」
「そ、そうなの!貴方も興味ある?」
「いや、全然。」
あ、うっかり本音が…。
そのせいで彼女は固まり、哀しみが紙袋越しに伝わってくる。
「ま、普通はそうよね。ごめんねつまんない話をして。」
急にスイッチが切れたかの様に彼女はどんよりと俺に謝り始めた。さっきまでの喜びが急転直下である。
ただこの姿を見ていると、今までも同じ様に反応されて周りと話が合わずにいたと思えて若干哀れであった。
「別に話を聞いてたってつまらんとかそんな事あらへん。俺は今までそんなん考えた事も、考える機会も無かっただけでちょっと驚いただけや。」
「……。」
どうやら少しだけ雰囲気が和らいだ。
だけどもうちょいダメ押ししとこ。
「話したかったら聞いたるわ。」
「何それ…ツンデレ?」
いやいや、ツンデレはお前やろと心の中でツッコんだ。
俺の優しさが通じたのかどうやら少しは機嫌を直してくれたらしい。人間余計な諍いは起こさないに限る。
そんなこんなでこの日のお昼は予想外の来訪者でドッと疲れたのであった。